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18.05.2007

わたしを離さないで

職業柄、ホンヤクモノの書籍は読めません。楽しめないのです。原文と照らし合わせて読んでいるわけではないのに、「ははあ、あの単語をこう誤訳したのね(がっくし)」と要らんことで思考がストップします。これは決して自慢している訳ではなく、職業柄、仕方のないことなのです。日々、自分の訳の見直しをする際には、原文と照らし合わせるチェックだけでなく、訳文の文章の筋道から誤訳を見つけるチェックを行います。自分の書いた文章でこうした誤訳チェックを行うわけですから、人様の書いた文章の誤訳を見つけるのはそう難しくありません。そういう訳で、ホンヤクモノを紐解いても純粋に読書を楽しめないことが多いのです。

でも、海外の素晴らしい本を読みたい。知らない世界を堪能したい。えっ、それなら原書で読めばいいじゃないかって? はあ、仰るとおりです。時には原書も読みます。ですが原書で本を読むと、つい仕事モードに入ってしまうのです。つまり頭の中で訳文を考えてしまって、これまた楽しめない。それにホンヤクモノは勿論、英語で書かれたものだけじゃないですしね。そういう訳で海外本からは足が遠のいていましたが、このたび素晴らしいホンヤクモノに巡り会ってしまいました(三国志もホンヤクモノじゃないか、という突っ込みはこの際おいといて)。

070518 「わたしを離さないで(カズオ・イシグロ)」。カズオ・イシグロは幼少時にイギリスに移住した日本人。ですがこの本は英語で書かれており、れっきとした(?)ホンヤクモノです。思考が止まったのは一回だけ。ただしそれは誤訳ではありませんでした。他愛のない話から始まり、じわじわと、薄皮を剥ぐようにその世界が明らかになる。そして仰天、驚愕。こんなにも小説の世界に引き込まれたのは久しぶりでした。

この本に限って言えば、事前に内容に関する予備知識がないほど楽しめます。ですから、私も内容については一切お話いたしません。この本を読もうと思った方、決してアマゾン等の書評をご覧にならないでください

そして、こんなに素晴らしい訳書に出会ったのも久しぶりです。「カズオ・イシグロ」という作家の作品というだけでなく、訳者「土屋政雄」の手がけた作品を手に取りたいと感じました。同業者として身の引き締まる思いです。

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Comments

京丸さん、お久しぶりです。読書三昧生活、充実してますね♪

土屋さんは素晴らしい翻訳をなさいますよね。
ご存知と思いますが、この方、元はというか(おそらく今も)技術翻訳者でいらっしゃるところが凄い。優れた技術と豊かな感性をお持ちの方は文芸とか実務とかの括りとは無関係に良いお仕事ができるというお手本のような方と思います。

Posted by: 十六茶 | 18.05.2007 at 11:24

◎十六茶さん

技術翻訳者という意味での同業者については、何かのご縁で直に交流したことのある方以外、私はあまり存じ上げないんですよ。技術翻訳者が表に名前が出ることはそうないし、よっぽどのことがない限り自分の仕事に直接関係しないことはすぐに忘れちゃうんですよね(汗)。そういう訳で土屋さんは英米文学翻訳者としての顔しか存じ上げませんでした。仰る通り、力のある翻訳者に分野の垣根はないと感じます。

良い書籍、素晴らしい文章を読むことは糧となります。機会があれば十六茶さんも紐解いてみてくださいね。

Posted by: 京丸 | 18.05.2007 at 18:49

テープ起こしの仕事は日本語から日本語そのままなのに、
それでも話し手の雰囲気を壊さないようにするのが難しいです。
まして英語から日本語となると、向こうのユーモア、日本語のわびさび等すごく大変だと思う
思わずチェックしてしまうのはもはや職業病ですね。
私の友だちもすべての音が♪になっちゃうという人がいます。
そんな京丸さんのチェックも通ったこの土屋さんというのはすごいんだろうなぁ。

Posted by: とだひ | 19.05.2007 at 11:58

◎とだひさん

翻訳されたものをついついチェックしてしまうのはやっぱり職業病です。同業者に褒められる訳者ってやっぱり素晴らしいと思います。この仕事やっていると、チェックの厳しいヤツになってしまうので(笑)。

テープ起こしのお仕事は何しろ量が膨大ですよね。見直しが大変そうだなあといつも考えていたのですが、雰囲気を壊さないようにという気遣いもやっぱり必要なんですね。翻訳は目と手があればできるけど、テープ起こしは耳も必要だから、終わった時の疲れ方が数倍違いそうですね。

Posted by: 京丸 | 20.05.2007 at 07:15

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