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23.08.2007

草の竪琴

Img_1327 濃厚なカラ兄の次は、心にじんとくる中編。手に取ったのは「草の竪琴(トルーマン・カポーティ著/大澤薫訳)」(画像がないので空の写真でも)。

少年と老女が選んだ安住の地、それは森の樹の上の家だった。樹の上ですごした束の間のひとときは確実に幸せな時間。しかし、結局は樹の上の生活、幸せなひとときに別れを告げ、少年は大人になっていく…。

しみじみと良い本でした。草の竪琴が鳴らすその調べが聞こえてくるような、小川の冷たい水のしずくが見えるような、美しい文章。そして、もう戻ることのない少年時代の美しく幸福な時間への想い。読んだ本を閉じた後、じんわりと涙が出ました。そして、再び冒頭を読み返すと、1度目に読んだ時よりもさらに美しさを増した風景が飛び込んでくるのでした。

いやあカポーティ、良い! カポーティは若い頃(いつだよ)夢中になった作家ですが、実は随分内容を忘れてしまったので、この秋あたりに一気に読んでみようと考えてます。

そして、こっそり報告(冒頭に書くのはちと恥かしいので)。今週からランニングを再開しました。火曜日はウォーキングの最後の1kmあまりを走ってみました。そして昨日は3.8km。うがー、帰宅後吐きそうになりました。そして今日は4km。ゑづくかもとビクビクしながら走りましたが、そんなことはなく、元気に走れました。ちょっと感動。スピードは全然出ませんが、それでも走れるだけで幸せです。これから身体も生活も「走ること」に慣らしていこうと思います。ふう、隠遁生活は長かった。

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21.08.2007

カラマーゾフの兄弟

Photo 猛暑のお盆休みは読書と墓参りで終わってしまいました。

実はこの夏の読書のテーマは「カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー著/亀山郁夫訳)」。この7月、光文社古典新訳文庫から発売されたこの名作の全4巻+エピローグ1巻がとうとう出揃ったのです。過去に挫折したこともあり、この夏は新訳で読破することを決めました。…世の中にはこういう人が結構多いらしく、この新訳「カラマーゾフの兄弟」の売上は25万部に達したのだそうな。うちの近所の紀伊国屋書店でも1巻は完売していたし。みんな、読破するのよー!

確かに新訳はとても読みやすい。読みやすいことに対する批判もあるようだけど、読みにくく訳して読者が挫折することに何の価値があるというのか。そういうわけで、読みやすさにむせび泣きつつ読み進める。

まずは、名作というイメージをぶっ壊す登場人物の人間臭さ。実に濃ゆいのです。女好きで、金遣いが荒く、テンパってあらぬことを口走り、よくしゃべり、よく泣き、よく怒り、おびえ、妄想激しく粗忽者、でも誇り高い。だからこそ魅力的で愛せちゃうのだな。読者もそれに振り回されて、度肝を抜かれたり、泣いたり、笑ったり、途方に暮れたり、身を震わせたりと忙しい。ひとつひとつのエピソードが複雑にからみあって、結末につながる。

一方、難解で理解の及ばない部分も多かった。無信心な私には宗教に関わる話はとても難しかったし(かつてはこの宗教関連の話題のお陰で1巻途中で挫折した)、私が読み流したところにも気づかぬ伏線や謎がいっぱいちりばめられていたんだと思う。

何年か先にこの作品を読み返した時に今よりももっと理解が深まって、面白さが増すといいな。いや今回も充分に面白かったんだけれど。聖人君子が登場しなくとも、道徳的教訓がなくとも、感動の結末でなくとも、さっぱりわからない部分があっても(おい)、名作なわけです。

余談ですが、三男アリョーシャの小者っぷりが「泣き虫弱虫諸葛孔明(酒見賢一)」で印象的な孔明の弟とかぶってしまってちょっと受けました。強烈な兄に小者の弟、ちょっとツボです。ふふふ。(はっ、第弐部読まなくちゃ)

さて。今日は改題を読みます。それから「スメルジャコフ対織田信長家臣団(村上春樹)」もいずれ。

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07.08.2007

バルザックと小さな中国のお針子

眩しい朝日、澄んだ青空、吸い込む熱気、突然の暗雲、バケツをひっくり返したような大雨。

夏休みの天候が一度にやってきたような一日だった。予想以上にノルマが早く終わって、念願のリアル本屋に足を運んだ私は、館内放送で大雨を知り、慌てふためいて帰宅した。パソコンの電源をいれっ放しで出かけていたのだ。雷ゴロピカの中、買ったばかりの本を濡れないように工夫してどうにか自宅に帰りつくと、窓が全開だった…。

◎「バルザックと小さな中国のお針子(ダイ・シージエ/新島進訳)

Photo 文化大革命時の中国。医師の両親を持つ少年は反革命分子として未開の山村に「再教育」のために送られる。文化に乏しい山村で、そして革命関連以外の本を禁じられた文化大革命の時代に、少年たちは書物を渇望する。そして少年たちは書物と恋に出会う。

暗い内容と思うなかれ。少年たちに、そして山村の人々に、物語は今の時代よりもはるかに大きな幸せをもたらす。物語の世界に触れた人々の顔は喜びに満ちている。

本に飢え、一言一句を覚えるほどに貪り読むこの環境下の少年達を思うと、本屋に行けば本があふれ、読み捨て、積み置くいまの安寧な時代の私たちの幸せ(と傲慢)をいま一度考えてみてもいいはずだ。折りしもこの本を読んだのは広島に原爆が落とされた日だった。

職業柄、題名を見た瞬間に心の中で赤ペンを握り締めたのだけれど、本文は赤ペンを駆使する間もなく読み終えた。在仏中国人の著者が仏語で書いた作品。本作品のメガホンも取ったのだとか。

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03.08.2007

電話

電話のベルが鳴り、仕事の手を止めて見やると見慣れない番号が表示される。受話器を取ると女性の声。「○○○サービスの××です。奥様でいらっしゃいますか?」

仕事に集中している時に限ってこの手の電話がかかってくる。知らない人、それも私が必要としてない事情で私の仕事の邪魔をされる筋合いはない、と少しムッとして「どちらにおかけでしょうか」と質問してみる。私の言葉に畳みかけるようにその明るい声はなかば必死に布団のメンテナンスについて語り続ける。延々と。

とうとうと流れるセールストークが切れたところで「おかけ間違いだと思います」と言って受話器を置く。我が家の電話番号は電話帳に載せていないので、かかってくるとすれば番号順にかけているか、流出した個人情報を使ってかけているかのどちらかだ。いずれにせよ、私が求めている電話ではないのだ。

いつからだろう。電話のベルをあまり嬉しく感じなくなったのは。

少し前まで、電話のベルが鳴ると嬉しかった。それは遠くに住む母の声や、友達との楽しいひととき、恋人と共有する時間を届けてくれるサインだった。ベルを鳴らしてくれない恋人(オット)をうらめしく思ったりもした。電話線を通して語り合う時間は楽しかった。

それがいまや、我が家にかかってくる電話は仕事の依頼か、こうしたセールスばかりになってしまった。長電話をするのはもはや妹くらい。ご無沙汰していた友達から電話がかかってきた、と喜ぶも束の間、それは選挙のお願いだったり、勧誘だったりして肩を落とす。そうでなければ、久しぶりにかけてくれた電話に一瞬ぎょっとしてしまったことを思い出して落ち込んだりする。

そして、声を聞きたい友達ほど、いつも忙しくている私の状況を慮って電話をかけてくることがなくなった。私自身も、大切な人であればあるほどにその人の状況を色々と考えて、電話という手段を取れなくなってしまった。せいぜい贈り物を頂いたときにお礼の電話をかけるくらいだ。

私たちは電話に代わってメールという手段も手に入れた。確かに、メールは便利だ。相手の時間を強引に奪うようなことはない。営業電話のようなスパムメールを無視しても即効削除しても気がとがめることはない。

でも、メールじゃ伝わらないことがあるんだ。私は、本当は大事な人の声を聞きたいと思っているのだ(その割には、電話だとやけに緊張してうまく話せなかったりするのだけれど)。

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02.08.2007

平日休暇

仕事のノルマを毎日少しずつ多めにこなして、自主的に短い余暇時間を捻出。うわーい、平日の休みって勤め人時代の有給休暇のようで心が躍ります。私の場合、働かざるもの喰うべからず、で有給休暇というのはありえないんだけどね。ともあれ、平日にゆったりと休めるのは久しぶりで嬉しい。

さて何しよう、リアル本屋(近所の紀伊国屋書店)に行くかな、ポイント券でどっさり買っちゃおうかな。でも、よくよく考えると向こう1ヵ月くらいの間で読む本は既に決まっていて、リアル本屋で本を買ってもすぐに読めるわけじゃないのだ。それに水曜にはまたまたアマゾンから本が届くわけだし。そう考えて、涙を飲んであきらめた。あぁだけど、本屋で過ごす時間ってやっぱり至福だし、ネット本屋では出会えない本に遭遇することがあるんだよね。また次に平日休暇を捻出できた時にリアル本屋に行こう。

で、結局何をしたかというと、ガスレンジを中心とした台所の大掃除。ピカピカに磨いてすっきり。その後はいつも通り読書に耽りました。ここ数ヵ月、翻訳ものばかり読んでいたので、もうそろそろ端正な日本語を読みたい気分(ちょっと外れが続いたのでクサっている)。8月長編月間が終わったら和モノに戻ってみようかな。少し和モノから離れていた間に情報に疎くなってしまった。お勧めの和モノ本がありましたら、ぜひ教えてください。

そうこうしている間に、またも台風が接近中とか。今日は午前中のうちに食材を買いだしておくつもり。被害なく通り過ぎてくれますように。

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