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01.08.2009

2009年7月

気づくと7月も終わっていた。はぁ~早いね。旅をした1ヵ月は濃厚だったけれど、普通の1ヵ月の何と希薄なことよ。おまけに一向に梅雨明けせず雨続きだったため、ほとんど外出せず家の中で過ごしたのでした。

怒涛の旅(実は6月にはトルコ以外にも小さい旅に出た)の後はすっかり呆けていて、充実していたのは読書だけ。7月の読書は下記の21冊、5487ページ。読書の他にないのか。ない!

てのひらたけ (高田 侑)
人は出会った人と別れ、手に入れたものを失い、喪失感とともに生きていく。そう思っていた。だからなのか、この本に収められた四つの短篇すべてに心をぎゅっと掴まれ、強く揺さぶられた。会えなくなってしまった大切な人に、これからまた会えるのかもしれない。失ったものも生き続けるのかもしれない。この作品はそう思わせてくれた。あああ、何だか救われた。

夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (カズオ・イシグロ/土屋政雄訳)
えええっこれがイシグロ?という意外さ(何てったって爆笑した)と、いつものイシグロの美しくも哀しい世界の両方を楽しんだ。いや、イシグロの物語にはいつもほろ苦い可笑しさがこっそり埋め込まれているのだけれど、今回はその可笑しさ部分のパワーが増していたのかな。流れる音楽のように心地よい文体が、夕陽の落ちかけた街のカフェを思い起こさせ、心に旋律を響かせる。切れかかった絆は、そして途切れた夢は物悲しい夕暮れそのものだった。大笑いした後、切なさに少し苦しくなる。

フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 (岩波文庫) (カルロス・フエンテス/木村栄一訳)
素晴らしかった。すっかりよれよれだ(ほめてます)。「アウラ」老いと若さ、醜と美、生と死。対照であり表裏一体の二人の間を迷い惑う「君」の見る世界が細部まで微妙に怖い。土台となった「雨月物語」を再読したい。「純な魂」独白される兄への愛。次第に狂気を帯びたその愛の結果は。フエンテスの辿った経歴からこの物語の背景を解く木村氏の解説もとても興味深い。「最後の恋」「女王人形」も良かった。ああ、全部いい!「チャック・モール」は既読。この夏はラテンアメリカなのだ。

ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) (レイモンド・チャンドラー)
妄想に振り回されてよれよれになったり、話のオチが見えなくて考え込んだり、日本人文筆業従事者が書いたとは到底思えない訳文に歯を食いしばったりすることなく、ストレートに読書を楽しみたいとこの本を選んだのは正解だった。プロットにぐいぐいと引きずり込まれ、文章の細部にほれぼれする。長い夢を見ているようだった。マーロウはクールで、嫌味が絶妙で、腕っ節が強く、美女にモテモテだけど簡単に据え膳は喰わないし、金に屈して信念を曲げるようなことはなく、ほどほどにどん臭い。読者はメロメロだ(たぶん)。

本の雑誌 314号

河童 他二篇 (岩波文庫) (芥川竜之介)
河童の世界は現社会を痛烈に風刺し批判しているはずなのだけれど、河童の世界は理想の社会などではなく、やはり生きづらいのだった。奇妙で滑稽だった河童の世界と現世界との境界線が次第にぼやけあやふやとなり、人間社会と重なり合ってくる。河童の世界を生きづらいと感じている河童たちの姿は、人間そのもの、芥川であり、自らを嘲り笑っている。両世界のはざまで迷い戸惑う主人公もまた芥川であり、人間そのものだった。

あまりにも騒がしい孤独 (東欧の想像力 2) (ボフミル・フラバル)
不思議な物語だった。35年間にわたり古紙プレスを生業とするハニチャ。古紙は思想と文学だけでなく、腐った段ボール、血のついた肉蠅、そしてネズミをも含んでいる。雑多な古紙の中からハニチャは本を拾い上げる。こうした醜悪なものと美しいものは古紙だけでなく、物語全体に混在していて対比をなす(あまりの汚さにぎょえー、なのだ)。物語は不条理な妄想や幻想、チェコの社会的背景など多様な要素を含んでいて、時に右往左往する。ビールで酔っ払ったような読後感。

いずれは死ぬ身 (アメリカ文学短編集・柴田元幸編・訳)
表題からして心にさざ波を立てる。そして作品全体にこの「いずれは死ぬ身」というイメージが微妙にニュアンスを変えつつ、重なり合う。表紙も美しい。お気に入りは「ペーパー・ランタン」ダイベック、「ジャンキーのクリスマス」バロウズ、「冬のはじまる日」パンケーク、「遠い過去」トレヴァー、「自転車スワッピング」マクロフラン。短篇それぞれの題名だけを見ても訳の妙をしみじみと感じる。

豚の死なない日 (白水Uブックス―海外小説の誘惑) (ロバート・ニュートン・ペック,金原 瑞人訳)
「豚の死なない日」というタイトルはそういう意味だったのか。ひょっとすると動物でお涙頂戴なのかとびくびくしながら読み始めたのだけれど、この作品はそこまで単純な物語ではなかった。この飽食の時代に、大地に根ざし質素な生活を土台としたシェーカー教徒の家族の物語は、真に豊かな生活とは何か、生きていくために必要なこととは何か、幸福とは何なのかを問いかける。アメリカで売れたのもうなづける。蛇足だけどYAというカテゴライズの意味がよくわからない。そもそも文学にそんな細分化が必要なのか。

世界文学は面白い。 文芸漫談で地球一周 (奥泉 光,いとう せいこう)
前日ゴーゴリ「外套・鼻」を読んだのはこの本を読みたかったから。先日読んだ「予告された…」の項を読んだところそれはそれは楽しく、「外套・鼻」もぜひとも先に読まなければ!と思い至ったのです。いやあ全編笑わせて頂きました。特に前出の2冊は読んだばかりで記憶に新しく、いちいち膝を打ち、大笑い。他にも「変身」はツッコミどころ満載、「坊ちゃん」のすっとこどっこいっぷりに驚き、「愛人」では読み逃していた視点に気づく。収録された本は有名で薄い文庫ばかり。全作読み直してまたこの本で大笑いしたい。

外套・鼻 (岩波文庫) (ゴーゴリ)
ロシア文学は寒くて辛くて小難しくて眉根を寄せて読むものだと勝手に敬遠していたけれど、この作品は眉根も寄せず楽しく読んだ(寒かったけど)。突拍子もない事件、小学校レベルの職場、外套買って大祝賀会、興奮しまくる主人公、逮捕されそうになる幽霊、服を着て逃亡をはかる鼻(チケット買うなんて!)。んもう馬鹿馬鹿しいのだ(ほめてる)。そしてさらには奇想天外な出来事について言い訳したり、さじを投げたり、どうでもいいことをたっぷり説明したりする語り手。中途半端な幻想っぷりがゆるくてイイ。訳も素晴らしい。

オレンジだけが果物じゃない (文学の冒険シリーズ) (ジャネット・ウィンターソン/岸本佐知子訳)
タイトルに深い意味が。狂信的キリスト教徒としての自分はクラスメイトから浮き、同性愛者としての自分は信仰の現場や母親からも乖離する。どこまで行っても異端者だ。異端者を作り出した根源であり自らも異端者である母親が「オレンジだけが果物じゃない」と述べ、その実、全く変わってないという事実はアイロニーであり可笑しい。異端者としてのおかしな自分とおかしな周囲を見つめる冷静かつ淡々とした語り口のお陰か、この自伝的物語は悲劇的でも自虐的でもない。時折挿入される寓話が読者の思考をぐらつかせ効果的に主人公の苦悩を表現する。

遠い女―ラテンアメリカ短篇集 (文学の冒険シリーズ) (フリオ コルタサル,オクタビオ パス,カルロス フェンテス,フリオ・ラモン リベイロ,アルフォンソ レイエス)
揺らぐ。揺らいでいく。足許が、視界が、思考が、世界が。幻想と妄想に満ちた南米の短篇小説集。脳がぐらぐらと揺らいでいる。分身を見つめる自分、分身を感じる自分。乾いた眼差しに硬直する私。すえた匂いと鮮やかな花の色、陽射しの痛い南米の街に意識は迷い込む。この不思議な物語に私は捉えられる。

昏き目の暗殺者 (マーガレット アトウッド/鴻巣友希子訳)
2000年ブッカー賞&2001年ハメット賞をW受賞。読んで納得。ああ、アトウッド素晴らしい。5年も積んでた私はばかだ。ブルジョア家に生まれ嫁ぎ果ては独居老人となったアイリスの独白による一家の壮大なサーガ。妹ローラの書いた物語が挿入され、その物語の登場人物がSF物語を語る。そしてさらに挿入される新聞記事。入れ子になった物語の数々が終盤、一気につながってひとつの絵をなし、「昏き目の暗殺者」が意とするものが明らかになる。息を呑む。個人的にはアイリスの意地悪ばあさんっぷりがお気に入り。訳もいい(読点の多さを除けば)。

本の雑誌 312号
海外文学特集。旅行中に発売されていたのでバックナンバーを密林で入手。舐めるように読む。海外文学愛好者は少数部族なのだそうだ。そして鴻巣さんの読書量に驚く。読みたい本にアンダーラインを引いたら本がまっ黄色になった。本の雑誌社はちょっと大変らしい。がんばれ!

サキ短編集 (新潮文庫) (サキ)
帯によると「O.ヘンリの最大のライバル」なんだそうだ。知らなかった。O.ヘンリと比べるとブラックな皮肉や風刺に富んでいて、むしろO.ヘンリよりも好み。この作品集には最後の一行でやはり唇の片端で「にっ」と笑える短篇が揃っている。ぴりりと辛い山椒、21粒。サキの短篇は135篇あるのだそうだ。解説にあるグレアム・グリーン選「サキ傑作集」や岩波文庫のサキ短編集(絶版)も探してみたい。

ヴェニスに死す (岩波文庫) (トオマス・マン)
最後に恋をしたのはいつのことだったろう。すっかり忘れていた。恋は熱く甘美だけれど、恋に堕ちると人は無様、姑息、執拗で脆弱、そして愚かになってしまうことを。だけどそれが恋の醍醐味であることを。この本を読んで、初老であろうと相手が誰であろうと、そんな恋に陥ることができるのだと思い至る。もう一度、無様で愚かな恋に堕ちてもいい。訳は絶賛されているけれど、ダメだと思うよ。

本当はちがうんだ日記 (集英社文庫) (穂村 弘)
このエッセイがやけに面白いのは、心の中に共通の「ほむらくん」を持っているから。自分にだけあだなのない不安、切羽詰まるほどに狂ってしまう優先順位、いくつになっても「大人になったら」と夢想する現実味のなさ(および現実に直面した時の驚愕)などなど、あるべき(と思われる)場所から遠く乖離しうろたえる「ほむらくん」度が高ければ高いほど面白さが増すのだ。私の「ほむらくん」度もかなり高いのだ、と思う。

翻訳文学ブックカフェ (新元 良一)
海外文学は訳者というフィルターを介して提供されるため、訳者がその作品の良し悪しを大きく左右する。だから素晴らしい海外文学を読むと逆に訳者にも興味が湧いてくる。この本には12人の訳者の作品への思いや、文学体験などが詰まっている。海外文学を読み始めて日の浅い私にとっては海外文学読書の指南書であるうえ、比較的新しい海外文学の訳者の話なのでそこそこに既読本もあり、訳出時のエピソードにも触れることができて何度読んでも楽しい。

空中スキップ (ジュディ・バドニッツ/岸本佐知子訳)
表紙と題名のお陰で手に取る機会を逸していたけれど、この短編集は唇の片端に笑いのこぼれるシュールな面白さ、突飛なようで実は誰もがこっそり抱きそうな妄想、非情な心の動きや意地悪なオチなどなど、ちょっと毒のある黒い魅力がいっぱい詰まったパンドラの箱のよう。どの話もそれぞれに異なる魅力があり面白く、すっかりとりことなりました。あぁ、パンドラの箱、開けちゃった。

(アンナ・カヴァン)
硬く冷たい物語。死もしくは終末、ひょっとすると究極の愛のメタファとしての氷が静かな地響きとともに迫り来る。カフカの物語の持つ不条理にも似て、断片的に挿入される妄想に翻弄され、歪むストーリーに迷い、少女(とその心)になかなかたどり着けない「私」の遠い道のりに心乱される。強烈な印象を残す一冊となった。

いやん、どっさり。ほとんど当たりでした。ヒット率高し。8月はあれこれ忙しいので激減しそう。ラテンアメリカの夏だってのに。くすん。

そして、休肝日はゼロです。ゼロ。だめだなー。ちなみ今朝は二日酔いです。反省。

8月の目標。10冊は読む。休肝日も10日(弱気)。ブログもまめに更新する。  そして、8月末にぼやかない

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Comments

京丸さん、すばらしい目標じゃあないですか。僕は本1冊読むのに1ヶ月くらいかかります(笑)。そしてこの真夏に休刊日2桁!ふふふ、結果が楽しみです♪え?僕の目標ですか?NYCマラソンに行けるくらいの練習をすることです。無理っぽいなー。

Posted by: まっち | 02.08.2009 at 21:16

◎まっちさん

おはようございます。ふふふ、目標は高く。そして月末には(結果がどうあれ!)ぼやかない。どうでしょう、これ(笑)。

まっちさん、練習がんばってくださいね。実は私もacceptedなのですけれど…この件についてはまた改めて報告しま~す。

Posted by: 京丸 | 03.08.2009 at 05:55

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