2009年6月11日 (木)

6月9日(30日目):イスタンブル~帰国

2009年トルコの旅、最後の夜が明けて最終日。これまでほとんど買い物をしてなかったので、ちょこちょこと買い物に出かける。私たちの旅行では、普通の海外旅行で買うようなものはあまり買わない。日本でトルコ的生活を送るための品物を調達するのが目的なのだ。

200969_010 1ヶ月の間に本当にイスタンブルも暑くなった。朝10時でも日なたを歩くと汗びっしょりとなる。街は今年サッカーリーグでチャンピオンとなったベシュクタシの旗が翻っている。そうそう、イルハン・マンスズはこのチームに所属してましたね。「ベシュクタシが勝ったんか?」と尋ねると(←いちおうサービス)、「そうなんだよ~アルカダシム(俺の友達)」とおじさんの機嫌がいい。

まずは町のスーパーでおやつやハーブ類、調味料を買い込み、市街地の商店でコロンヤ(コロン)を探す。中東ことトルコではレモンの香りのコロンを手に振る習慣がある。自らも使うし、来客をもてなすときも使う。我が家のコロンヤの在庫が切れていたので調達。

200969_013_2 お昼はやっぱり同じ「Et-in」で。お昼時は客が多くこっそりビールが飲めなかったのが残念だったけれど、最後のトルコ料理もやっぱり美味しかった。

ご飯の後はトルコ音楽のCDを求めて、電車に乗ってガラタ橋を渡り、お洒落な新市街イスティクラル通りへ(旧市街のCD屋には新しいCDは置いてなかったのだ。最新CDがなくても商売になるのか、ちょっと聞いてみたい気もする)。新市街で欲しいCDを無事購入し、イスタンでの用件も終了。ホテル前のビラハネでビールを飲んで、トラムバイ(電車)に乗り込み、私たちは機上の人となった。

200905112_022 1ヶ月の長い旅行はこうして終わった。普通の旅行と比べると、予約も価格交渉も、人と知り合うのも喧嘩するのも、すべて自分の力でやらなきゃいけなかった。お陰で大変なこともあったけれど、うれしかったこと、感動したことはそれを大きく凌駕していて、今回もまた得がたい経験をした。この旅行記を読んでくださった皆さん、おつきあいくださってありがとうございました。またテーマ別にちょこちょこ書くかもしれませんが、日々の旅行記はひとまず終わりにします。

旅で出会った人々、日本で私たちの旅を楽しんでくださった皆さん、そしてオットに心から感謝します。セラーム・アレイキュム(あなたの上に平安がありますように)!

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2009年6月 9日 (火)

6月8日(29日目)パムッカレ(カラハユット)~イスタンブル

200968_002 今日はパムッカレ(カラハユット村)からイスタンブルへの大移動日。朝食を済ませたら早々に動き出そう。そう考え荷造りをしていたところ、オットの携帯になぞの着信履歴、昨夜8時ごろ海外からの電話で通知不可能らしい。携帯の番号は限られた相手にしか教えてない。ひょっとすると航空会社かも!パソコンで画面を見るとひとつ前の便がキャンセルになってる。嫌~な予感。

チェックアウト時にフロントにお願いして、今日搭乗予定のペガサスエアに今日のフライトを確認してもらう。案の定、私たちの便は一旦キャンセルになったらしい。フロントのお姉さんが再度予約を入れてくれて事なきを得る。ふーよかった。

安心してデニズリ行きバスに乗るもつかの間、予約番号を聞いてないじゃないか~! がっくり。デニズリでバスを降りてあたりを見回すと航空会社のエージェントが。ペガサスエアの看板も出てる。よし、確認だ。

扉を開けて事情を説明する。予約番号がなくとも名前がちゃんと予約に入っていたら大丈夫らしい。念のため予約便に予約が入ってるか確認してもらったところ、何と!そんな名前の予約はないという。がーん。すったもんだの末、予約を入れなおしてもらって、購入したチケットを見たらトルコ航空のチケットだ。エージェンシーのおじさんは別の航空会社に確認を入れてたらしい。そりゃ予約に名前はないはずだよ。

結果的に綱渡り的ではあったものの飛行機には乗れました。でも、なんか納得行かんなー。チケットは割高だし。

カラハユットからデニズリを経てイズミルへ。イズミルの空港からさらにイスタンブルを目指す。イズミルからイスタンブルは1時間。やっぱり飛行機は速くていい。着陸して、イスタンブル中心街に向かうバスに乗り込むと、隣の席に座っていたのは同じ飛行機に乗っていたアラブ美人。お互いに見覚えがあり会釈して席につくなり向かいの男性と口論がはじまった。うーん、恋人同士によくある口げんかだけれど、けっこう激しい200968_009

ころあいを見計らって大丈夫?と声をかけると、二人は「ええートルコ語わかるの?」「喧嘩してるのわかってたの?(見りゃわかるよ)」と苦笑いの末に仲直り。ああ、よかった。

その後は写真を撮り合い、メールアドレスを交換し、指輪をプレゼントしてもらって(涙)、バスを降りた後も船乗り場まで見送ってもらう。いつかまた会いましょう、と約束して仲直りした新婚の二人の後姿を見送った。イスタンブルのアジア側(カドキョイ)からヨーロッパ側(エミノニュ)に渡る船から見たイスタンブルは夕陽に染まってことのほか美しかった。

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200968_015 何も起きることのない移動日と思っていたけれど、やっぱり色んな事件が勃発する。さすがトルコ。危うく日本に帰れなくなるところだったし、まるで贈り物のようにひょんなことで知り合った人もいた。これだから旅はやめられない。

今回のトルコ旅行最後の夜の夕食は1ヶ月前に訪れた食堂へ。食堂の人は皆、私たちをちゃんと覚えていてくれた。1ヶ月前のイスタンブルの夜はまだ寒く、私たちは長袖のシャツを着て尚震えていたけれど、色んな町を旅するうちにここも随分暑くなった。町並みに変わりはないけれど、私たちは少し変わったかもしれない。1ヶ月は短いようで長い。濃い1ヶ月だった。旅が終わると思うと悲しくなるけれど、終わらない旅はない。終わるからこそ旅なのだから。

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<旅のお小遣い帳>
ホテル飲み物代等:21
バス代(カラハユット~デニズリ):5
飛行機チケット代:218
バス代(デニズリ~イズミル):30(デニズリ・セヤハットなかなかよかった)
昼食:7
バス代(イズミル中心街~空港):5
バス代(空港~イスタンブル・カドキョイ):7
船代(カドキョイ~エミノニュ):10
夕飯:30.5
ビール:2.5

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2009年6月 8日 (月)

6月7日(28日目):パムッカレ

200967_002薄利多売の宿の朝ご飯はなかなかに美味しかった。さて今日は世界遺産パムッカレを堪能する。朝食を済ませて9時には早々にパムッカレ村に向かうバスに乗る。9時にはもう肌がじりじりと焦げる。山は涼しいのではなかったのか?

隣村のパムッカレ村の南口からパムッカレに入る。パムッカレとはトルコ語で「綿の城」という意味。石灰分を多く含んだ水(温泉水)が湧き、石灰が広大な土地に沈殿し白い棚田のような地形を作り上げる。

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南口からパムッカレに入った途端に石灰棚が広がる。滑りやすいので靴を脱がなければならない。陽射しは強く、水着の人も多い。私もTシャツを脱いで上半身は水着になる。凍えそうになるほど冷たい水もあれば、温泉のように暖かいところもある。いずれも水は美しく、白い石灰棚に映え青く光り、違う世界に来たようで幻想的だ。12~3年前から数年間は水枯れして石灰棚への立ち入りができなかったので、行こうと思った時に行けて今回はラッキーだった。

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すっかり石灰棚を堪能した後は隣接する遺跡へ。この遺跡がまた大変に巨大なのだ。山ひとつが遺跡と石灰棚でできているのだ。古く紀元前にこの温泉の湧く山にベルガモン、ローマ、ビザンツの人々が町や墳墓を作り、ここに大都市を築いたのだ。円形劇場はほぼ完全な形で残っていて、目の回りそうな高さからも舞台がはっきりと見えるその構造に息を呑む。それにしてもこんな山奥にどうやって大理石をこんなに運んだのだろう。

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劇場を見た後は、さらに山の頂上に聳え立つネクロポリス(墳墓)へ。劇場ですっかりへとへとになった後さらに山に登ろうという奇特な人はそうそういないのか、ひとけのない山を登りつめるとそれはそれは美しい風景が。ふふ、この眺めは登ったものだけが味わえるご褒美だ。

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浴場や神殿などの町並みの跡をかなりの時間をかけて歩く。予想外にのどが渇き、ペットボトルの水がどんどんなくなる。遺跡を見た後にもう一度、石灰棚を訪れようかと思ったのだけれど、体力的に限界に達する。いやー暑かった。中途半端な海水浴よりも日焼するし、体力も使う。足は筋肉痛だ。それにしても私がこんなにも遺跡ハンターだったとは、知らんかったなあ(遺跡は飽きたと言ってたくせに)。

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200967_069パムッカレ全体を見学してカラハヤット村に着いたのは2時を回っていた。空腹だけれど何だかあまり入らないので、昼食は軽くチョルバ(スープ)とサラダ、パンで済ます。昨日、村を探索した時におじさんで席が埋まっていたお店、やっぱり美味しかった。写真奥がタウック(チキン)、手前がメルジメッキ(レンズ豆)のスープ。メルジメッキは普段、私が作るものと違う味わいだった。暑い時の熱いスープは汗が出てひときわ美味しかった。

お腹も落ち着き、部屋でビールを飲んだ後は、夕方までプールでまったり。こんがり焼けたらプールにどぼん、の繰り返し。ああ、山岳リゾートばんざい、だ。

200967_073風が出てきてプールが寒くなった後は、再度村へ。はじめは愛想の悪かった店のおじさんたちが少しずつ笑顔を見せてくれるようになって、単純な私はうれしい。こうして土地の人と仲良くなるのが私の旅の目的なのだから、やっぱりこうでなくてはね。

夕飯はまたもホテルのビュフェ。今日も美味しく頂きました。

これまで、トルコで大人気の観光地は何となく避けてきたのだけれど、パムッカレに来てよかったな。

<旅のお小遣い帳>
バス代(カラハヤット~パムッカレ):1.75×2=3.5
パムッカレ・遺跡入場料:20×2=40
ビール:5
水:1.5
バス(パムッカレ~カラハヤット):1.75×2=3.5
昼食:二人で5
ビール:2.5×2

今日のかわい子ちゃん:一緒に写真に撮って~と駆け寄ってきた小学生

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それにしても、他人様のカメラにおさまることがいつもに増して多い日だった。まだ日本人は珍しいのか。

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2009年6月 7日 (日)

6月6日(27日)チェシュメ~パムッカレ

200965_019チェシュメでの3泊予定を2泊に短縮し、今日はパムッカレを目指す。チェシュメの宿ではチェックイン時の値段よりも支払いは安かった。まったくトルコの値段たるや謎である。仕事は速いし、バスの予約をしてくれたり、チェックアウトが早いというと朝ご飯の時間を早めてくれたりして、いいホテルだったなあ。

チェシュメからイズミルを経て、デニズリへ。デニズリでさらにミニバスに乗り換え、6時間のバスの旅を経てパムッカレの近くの村カラハユットへ。イズミルから東内陸部にひたすら走り、村に到着。涼しいのかと思ったら、しっかり暑かった。

200966_002 パムッカレは石灰水を多く含む温泉が古くから湧きだし、その石灰分が凝固して不思議な景観を造り出している。そしてその周囲には紀元前190年に始まったヒエロポリスの巨大遺跡もあり、見所満載の村。写真はカラハユット村中心部の温泉噴出し口。ここの温泉は鉄分を含有するので石灰が赤みを帯びている。

200966_004客引きが強引で名高いデニズリやパムッカレ村を避けて、このカラハユットを選んだのは大正解でした。選んだ宿は薄利多売、サービス過剰のスパリゾート。普段はこういう宿を選ぶことはないんだけれど、たまにはいいね。朝食・生演奏の夕飯つき、プール・温水プール・温泉・サウナ、ハマム(←トルコのスチームサウナ。これはちょっとしょぼい)つき、他にも何だか色々無料でひとり35 TL(2100円)という激安っぷりということが判明し、即時にチェックイン。とるものもとりあえずプールで山奥リゾート。

200966_006 一通りプール系で遊んだ後は村を探索に。ここは村だけれど観光客が多いからか、活気に満ちている。でも住民は他の観光地のように垢抜けることも観光ずれすることもなく、普通にトルコの田舎の人たちという感じ。どちらかというと観光客とはあまり関わらず自分たちの生活を守っている、という印象を受けた。 地元民と関わりたい私はちょっと寂しい。

パムッカレは外国人観光客が多い町だけれど、今回の宿は(今のところ)トルコ人が8割というところ。トルコ人が多いほうがトルコ料理が美味しいはず。夕飯はビュッフェ形式のトルコ料理。ビュッフェだと味はどうかなと一抹の不安も感じたけれど、ちゃんとした昼食を食べられなかったこともあり、どれも美味しくいただきました。

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すっかりお腹いっぱいになり、村で買ってきたビールで再び乾杯。海に行っても山に行っても同じなのでした。明日は世界遺産パムッカレを楽しみます。

<旅のお小遣い帳>
ホテル代:50
バス代(チェシュメ~イズミル):11×2=22
昼食代わりのサンドウィッチ:2.5
バス代(イズミル~デニズリ):20×2=40
バス代(デニズリ~カラハヤット)5×2=10
ホテル代(35×2人×2日)=140(クレジットカード支払)
ビラ(2.5×4本)=10

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2009年6月 6日 (土)

6月5日(26日目)チェシュメ

昨日の一件でホテルは1泊でチェックアウト。フロントは少し反省したのか、昨日1泊分の宿代は3泊前提の値引き価格だったので許す。そして昨日あたりをつけておいたファイク・ホテルへ。

200965_007ここチェシュメには3泊する予定だったのだけれど、夫が実はあまり海水浴に熱心ではないということが今になって判明し(すまんよ、オット)、チェシュメ滞在を短縮しオットが行きたいというパムッカレ行きを検討することにした。午前中はイスタンブルに向かう飛行機の予約に費やし、午後からこのチェシュメが誇る美しい海岸「アルトゥンクム(黄金海岸)」へ。ディディムの海岸もそういえばアルトゥンクムだった。黄金海岸というのは美しい海岸に共通の名前なんだな。

200965_003まだ時期的に少し早いため、ビーチの人はまばら。人の少ないエリアを選び、さてこんがり焼くぞと張り切る。ところが、ああああ私の馬鹿馬鹿。日焼け止めクリームを忘れてきてしまった。今日に限って、べたつくからと出かける前には塗らなかったのよ。うわーんどうしよう。ホテルに取りに戻るとなると2時間近くロスする。考えた末に、先刻ミニバスの時間を聞かれたイギリス人の女の子ふたりに「少しクリームを分けてもらえないか」とお願いしてみると、快諾してくれる。ああ、旅行中はこういう親切が本当に心に沁みるのだ。

200965_006 クリーム問題が解決したのでほっと一安心。この旅最後の海水浴をまったりと楽しむ。10mくらい隣に陣取ったトルコ人男性3人組に「あのーすみません、あなたたちの写真を取ってもいいですか」と声をかけられ、写真を取り合う。別にナンパでもなんでもなく(だってこちらは夫婦だし)、こうして仲良くなるのが不思議な感じなのだ。結局、この男性たちには海岸からホテルまでの帰りを送っていただいた。こうして知り合いが増えていく。

チェシュメではホテル問題で幸先が悪かったなあとちょっとがっかりしたけれど、その後はあらゆる場面でいいことばかり。あれこれと世話を焼かれてうれしい限り。

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明日のバスを予約し、バス乗り場までの道を予習しつつ町をぶらぶらする。わずかな時間しか滞在しなかった町だけれど、何かと心に残る。

夕飯は、ぶらぶらした時に目星をつけておいた「サカルヤ・レストラン」へ。レストランのそばに同名の肉屋があったので、関係があるのならきっとレストランは美味しいに違いないと踏んだのだ。予想にたがわず料理はすばらしかった。注文したのはパトルジャン・ムサカ(ナスとひき肉のトマト煮込み)とドネル・ケバブ。特にドネルが絶品だった。これまでドネル・ケバブは幾度となく口にして、本当のことを言うとあまり美味しいと思ったことがなかったのだけれど、今日のドネルは今までで1番美味しかった。肉屋は兄弟が経営しているらしく、やっぱり見込み通りの美味しさだった。

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夜、ふたたび町をぶらぶらと散歩して、ビールを買い込みさらに部屋でちいさく乾杯してチェシュメの夜は更けていくのだった。

<旅のお小遣い帳>
ホテル代:70
バス代(チェシュメ~アルトウンクム):2.75×2=5.5
お礼にアイスクリーム:4
ビール:6
銀行より引き出し:300
夕飯:23

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2009年6月 5日 (金)

6月4日(25日目):チェシュメ

200964_002 今日はディディムを出てチェシュメに向かう。10時のイズミル行きバスに乗るべくオトガルに向かう。オトガルでは一昨日、海で仲良くなった女の子とばったり出会う。何と同じバスに乗ってイズミルに向かうという。おまけに座席は私と前後、イズミルまでの2時間をずっと「どんなお菓子が好き?」「日本のお花はトルコと同じ?」などと質問攻めに遭う。日本への興味津々、周りの大人は耳ダンボ、時々突っ込みを入れられるのでした。

イズミルからチェシュメ行きのバスに乗る。予報の通り、途中で豪雨となったけれどチェシュメに着いたら雲は晴れ、いい天気に。バスの中では果物を買い込んだ女性が乗客に配ったりしてなごやかな雰囲気。

チェシュメ到着後、ホテル探しに難航したものの、どうにか綺麗なホテルを見つけ、全設備の有無を確認してチェックイン。

200964_011中途半端な時間についたので今日は町を探索することにする。まずは18世紀にロシアとの激戦で国土を守ったチェシュメ城に。中は小さな美術館になっていて、戦争の遺物やローマ時代の出土品が展示されている。何よりチェシュメの海岸を一望できるその眺望がすばらしい。海から吹く風もまた心地よい。海から攻撃されることの多かったここトルコでは半島の先端には今も憲兵隊が国を守っている。そして必ず先端には国旗が翻っている。

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200964_018城を出た後はケルバンサライを見に行く。ケルバンサライはシルクロード時代の旅の宿として実際に使われていた施設。ガイドブックには実際に稼動しているホテルとして記載されていたけれど、実際には休止していて、現在は再建中。来年夏にオープンするらしい。500年もの間にわたり宿として機能してきたその建物を見ると、はるか昔に隊商が砂漠や海を経てこの町にやってきた様子が目に浮かぶようだ。

その後、夕飯によさそうな店を物色してホテルに戻る。部屋でテレビをつけてみると、やっぱりテレビに問題が(涙)。フロントに問い合わせると対応が感じ悪い。チェックイン前とは手のひらを返したような態度だ。3泊する予定だったのだけれど「明日チェックアウトしたら」と言われる始末。むきー。明日以降の宿を新たに探しに出かけ、無事に(ちゃんとテレビも映る)宿を見つけてやっと一安心。

夕飯はチェシュメで一番と町の人が口をそろえて言う「イムレン・レストラン」へ。大衆食堂よりも少し洒落ているけど、真面目にやっていて、海辺の外人向けレストランよりもずっとリーズナブル。今回はイネギョル・キョフテ(ひき肉をソーセージ状に小さくまとめたひき肉のケバブ)とピリチ(チキンのオーブン焼き)の煮込み。量はこのくらいでちょうどいいくらい。生野菜が足りなかったな。それでも食後は大満足。

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200964_030_2お店を出たらちょうど日没。日の入りを眺めながら海辺をゆるゆると散歩。うーん、幸せ。海水浴はこのチェシュメで打ち止めかもしれないなあ。明日、あさっても楽しまなくてはね。

<旅のお小遣い帳>
バス代(ディディム~イズミル):15×2
おやつ(シミット):0.75
バス代(イズミル~チェシュメ):11×2
銀行より引き出し:200
CD:14.5
夕飯:27

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2009年6月 4日 (木)

6月3日(25日目)ディディム

200963_001遅めの朝食を済ませて午前中はディディムの遺跡へ。このディディムには、何度かの大きな地震を経てなお遺されたアポロン神殿の遺跡がある。バス停でバスを待っていると「どこ行くんだ?」と声をかけられ「アポロン神殿だ」というと「乗ってけ」と車に乗せられる(トルコでは今でもこういうことがある)。あれこれ話していると、留学時に仲良かった同級生の夫と同じギョイニュック村出身で知り合いだという。うーむ、世間は狭い。無事、遺跡まで送っていただいて別れる。

遺跡はバス通りに面していて、バスの車窓からも神殿がよく見える。中に入るとまずメドゥーサ像に驚く。何といってもここのメドゥーサは「あ、うん」だ。仁王さんと同じではないか。「あ、うん」も世界共通なのか。それにしてもメドゥーサは怖い。

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そしてひときわ目を引くのは高さ20m、直径2mに及ぶ石柱。空に突き刺さりそうに高い。左側の写真で夫と石柱の規模を比較してみてください。地震が起きる前はこうした石柱がいくつも空に向かって聳え立っていたという。石はほとんどが大理石、ここまで運んでくるのにどれだけの労力を必要としたのか、想像もつかない。

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うーん遺跡はもう飽きたなんて言っておきながら、実際に遺跡を目にすると興奮する。そしてとてもフォトジェニックだ。写真を何枚撮っても足りないぞ。

アポロン神殿を出て入り口の古い地図を見ていたら「アルテミス神殿」も隣接していたように書かれている。地元の人に場所を尋ねて「アルテミス神殿」にも足を運ぶ。ここは管理されてないし入場料も必要ないので、観光客はひとりもいなかったのだけれど、確かに大きな道の周りに建物の跡がある。かっちりとした形がない分、想像力に訴えるものが大きい。この大きな遺跡に私たちだけ、というのも贅沢だ。

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200963_060すっかり堪能した後はまたまた気楽な海水浴。昨夜パケットを買った店でアダナケバブとポテト、ビールを買い込みビーチへ。今日はとうとう貸しビーチベッドの代わりにゴザを買った。ビーチベッドは4 TL、ゴザは2.9 TL、今日だけで既に元は取った。そして風の強い海岸で(今日の風は特別らしい)、5時半までごろごろとトドのように転がり、本を読み、地元の人と歓談してとろりとしたリゾートの午後は過ぎていく(でも夜9時頃まで明るい)。

夜は昨日の「サライ・レストラン」へ。トルコへは何度も足を運び、20都市以上を訪れたけれど、この店がひょっとすると私たちにとってトルコで一番のレストランかもしれない。あああ、全メニュー制覇したい。再訪するには遠いなあ。

今日はキレミット・ピリチ(グリルチキンのオーブン焼き/トマトソースで溶けるチーズかけ)とアダナ・ケバブ(辛いひき肉のシシケバブ。はっ、昼と同じメニューだ)。またもどさどさと皿が並ぶ。今日のサラタにはざくろのソースをかけてくれた。これがほのかに甘く美味しかった。

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帰りにこのサライ・レストランを教えてくれた食料品屋でジュースを買う。笑顔でお礼を申し上げていたところ、こっそりボられるところだった。丁重に返品して事なきを得る。まったく気を許せん。ホテルではテレビがどうにか映るようになり、ようやくトルコ音楽を視聴できるようになって夜はさらに楽しくなる。だけど明日は移動。この季節には珍しく天気が悪くなるらしい。

<旅のお小遣い帳>
遺跡入場料:3×2
バス:1.25×2
ゴザ:2.9×2
昼食+ビール:7+7
パラソル:4
夕食:24
ジュース(2本):1.5
ビール:2.4

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2009年6月 3日 (水)

6月2日(23日目):ボドルム~ディディム(アルトゥンクム)

200962_004 今日はボドルムを立つ。次に向かうはディディム・アルトゥンクム。ボドルムのある半島から北上して次の半島の先端にある町。この町も「地球の歩き方」に詳細な記載はないので、到着するまでどんな町なのかわからない。期待と不安が入り混じる。

ボドルムは過去の旅行でも訪れた町。町並みはやっぱり懐かしい。バス乗車までのわずかな時間に、以前泊まったペンションの場所を訪ねてみたり、市街をぶらぶらしたりする。

200962_008 ボドルムのオトガルで大型バスに乗り込み、ダルヤンという村で途中下車。同じディディムに向かう人と一緒にバスを待ち、ミニバスに乗り換える。町はどんどん小さくなり、小さな村や山や畑を通過。うわー、ATMのない小さな村だったらどないしょう。

200962_003と、不安に陥っていたら、うわあディディムは大都市だった。広い道路にきれいなビルが並ぶ。すまんかったディディム。でも海岸は地味なのかも。…いんや、アルトゥンクム海岸もすんごいリゾートだった。すまん×2です。(写真は関係のないボドルムの果物屋)

バスを降りると目の前は海岸、そして瀟洒なホテルが並ぶ。そのあたりの人に「どっかいいホテルない?」と尋ねたところそこそこのホテルが見つかりひと安心(チェックイン後、テレビがさっぱり映らないことが判明して泣く)。

急ぎ水着に着替えて、まずは食事。ボドルムと同様に大きな通りはイギリス人向けのレストランが多い。こういう時は地元の人に聞くに限る。「トルコ人向けのどっか良いロカンタ(レストラン)ある?」

教えてもらったのは「サライ・レストラン」。いやー、やっぱり地元情報はすばらしい。注文したのはジーエル・ウズガラ(レバーのグリル)とチョプ・シシ(小さい肉のシシ)+ビール2本。これだけなのに、テーブルにはあれこれと出てくるわ、出てくるわ。「あのー、サラダは頼んでないんですけど(それにそれぞれの料理にサラダはついてくるし)」と聞いて見ると「サービスです」という答え。うう、どれもこれも美味しい。だけど普通の日本人の胃袋でこれだけの量を完食するのは厳しいです。ふう、どれもこれも美味しそうなのに。どうにか冷製(これもサービス)のお皿だけは片付ける。ちなみにお値段は25 TLでした。

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スターターの冷製とパン(にんにく入りのチーズが乗っかってる)、唐辛子の酢漬け(辛い!)、そしてサラタ

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チョプ・シシとジーエル・ウズガラ。これでビールを含めて1500円だなんて!

200962_021 すっかり満腹でよれよれとなり、だるだるの身体でビーチへ。ビーチも観光客や地元の人で大賑わい。海はボドルムよりもずっと美しく、足元で魚が泳いでいるのが見える。遠浅だからか海の中に入っている人が多い。今日はお昼ご飯も遅かったし、日焼けへの耐性も出てきたようなので、ビーチで日暮れまで日焼けしよう!と張り切っていたのだけれど、5時ごろから珍しく雲が出てきた(涙)ので、泣きながら引き上げる。

200962_026_2 遅くて大量な昼食のおかげで全然お腹が空かない。食べないという訳にもいかないし、何よりビールを飲みたいので、パケット(持ち帰り)でタウック・シシ(チキン・シシケバブ)とチップス(ポテトフライ)を買い込んで、部屋で乾杯する。思いのほかこのパケットが美味しくて大当たりだった。テレビではトルコ対アゼルバイジャンのサッカーの試合でトルコが勝った。

<旅のお小遣い帳>
バス代(ギュンベット~ボドルム):2.20×2=4.40
バス代(ボドルム~ダルヤン):13×2=26
バス代(ダルヤン~アルトゥンクム):4.75×2=9.5
宿代(アナトリアホテル2泊):90
昼食(サライ・レストラン):25
ビーチベッド+ビーチーパラソル:12
スーパーで買い物:9.50+4,50=14
銀行より引き出し:200
夕飯パケット:7

今日のかわい子ちゃん:まゆげ犬は世界中に生息している

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2009年6月 2日 (火)

6月1日(22日目):ボドルム

200961_002 6月になってしまった。6月の声を聞いた途端、ボドルムの陽射しが強くなったように感じるのは私の気のせいか。今日は終日ボドルム・ギュンベットでだらだら過ごすことにする。朝食を済ませネットをチェックし、ホテル併設のプールでウォーミングアップ(何の?)。肌は少しずつじりじりと焦げる。黒くなった足は自分の足じゃないみたいだ。

200961_006汗だくになりビーチで昼食でも食べようか、とホテルを出たら、灯台元暗し、ホテルのそばにトルコ料理屋を発見。値段も安いし、店のお兄さんたちもいい人ぽい。ビールも安い(←大切)。そういうわけで今日の昼食はマルディン・ケバブ(ひき肉、唐辛子、にんにく、ハーブのケバブ、アダナケバブほど辛くない)、ラフマジュン・ピデ(トルコ特有の薄いピザ)、ビール2本。

200961_007 とりあえず宿に帰り、ホテルの宿で少しアルコールを抜き、2時過ぎにビーチへ。昨日もお世話になったレストランでビールを注文し、ビーチベッドで陽射しを浴びながらビールを飲み、本を読む。とろりとした時間の読書は至福のひとときだ。と能天気なことを言ってたら、今日は足の裏に日焼止めを塗るのを忘れていた。学習しないなー、わたし(今、ちとひりひりしてます)。

6時近くなり風が強くなるまでビーチで過ごし、ホテルに戻ってからは再び風のないプールで本を読む。今日は本格的なリゾートの一日でした。

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夕飯は昨日と同じポヤズ・レストランへ。昨日はちょっと驚き気味だった店の人も今日はジョークを飛ばす。今日のメニューはカドンブドゥ・キョフテ(女の子のお尻のミートコロッケ)とパトルジャン・ドルマ(ナスの詰め物)、ムサカ、ピラウ。そして(今日は冷たい)ビール。そしてやっぱり16 TLと激安でした。間違いじゃなかったのね。そういうわけでご飯は大満足のボドルムの夜は更けるのでした。明日はまた違う町へ。

<旅のお小遣い帳>
昼食:20
ビール:3.5×2=7
アイスクリーム:2
夕飯:16

明日からの通信環境、どうなるかわかりません。ブログアップがなくても元気ですから心配しないでくださいね。

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2009年6月 1日 (月)

5月31日(21日目)ダッチャ~ボドルム

2009531_001 今日はダッチャからボドルムに移動。ボドルムへは夕方、船で移動する予定なので、ゆったり過ごす。朝食後、念のためにリマン(港)で事前にチケットを買いに行く。トルコでは、しつこくチェックししてはじめて安心できるのだ。

と~こ~ろ~が~。リマンの事務所に行くと今日の船はないという。何故だ~!予定表にはちゃんと今日の夕方の便が書いてあるじゃない!聞くとそれは6月の予定表らしい。渡す時にちゃんと言ってよ(涙)。6月用と書いてもいないし。ふう、念のためにとリマンに来てよかった。船がないとなるとバスで移動するしかない。ううむ、半島と半島を結ぶ船だと2時間だけど、バスだと何時間かかるかわからない。あわてて荷造りしてバスに乗り込む。ダッチャはつくづく船に縁のない町だった。でも、ここでもあれこれ優しくしてもらってよかった。(写真はダッチャ市街の広場にあるケマル・アタチュルク像)

2009531_004_2ダッチャからマルマリス、ムーラを経て、ボドルムへ。ムーラからボドルムに向かうバスでは空き席が少なく夫と別々に座る。私は隣に乗り合わせた女性と話しこんで仲良くなった。新婚3ヶ月のアイテンさんは笑顔が素敵な人、ご主人や家族の写真を見せてもらったり、好きな歌手の話などでわずかな乗車時間を楽しく過ごした。夫は運転席隣の床に座らされてあちこち痛くなった模様。

マルマリスからさらに小さなバスにのってギュンベットというビーチへ。ボドルムはだいたいヨーロッパ人に人気のリゾート地なのだけれど、ギュンベットに着いて驚いた。ビーチに沿ってバス通りは数キロに渡りイギリス人向けのレストラン、みやげ物屋が並ぶ。ビーチも外人向けのビーチベッド併設レストランが数キロにもわたって軒を連ねる。ここはいったいどこだ?という感じ。

2009531_008私たち自身がここでは外人なのだけれど、あまりに外人におもねた観光地にはうんざりだ。私たちはトルコを旅行しているわけで、トルコの外人向けの町を旅行したいわけじゃないのだ。以前はそういえばボドルムの街中にしか来ていなかったのだ。ギュンベットがこんなヨーロッパリゾートだと知ってたら来なかったんだけどなあ。

外人向けの町並にはうんざりだけれど、海はやっぱりどこも美しい。そういえばこの海から正真正銘のエーゲ海なのだ。確かに海は青さを増したように見える。人は多いけれど海と空が美しいことが救いだ。

2009531_013 夕飯は地元の人に聞いてトルコ人向けの普通の食堂へ。トルコに来て何が楽しくてフィッシュ&チップスを食べなくちゃいかんのだ。「外人向けじゃなくトルコ人向けの美味しいロカンタある?」と尋ねたところ、親切なお兄さんが店まで連れて行ってくれた。普通のスル・イエメイ(煮込み・本日はチキン)、ピラウ(ピラフ)、野菜のフライ(ポテト、ナス、ピーマン)。そしてちょっとぬるいビール2本。職人ぽい兄さんが忙しく作っていた。これです、これ。トルコのご飯。文句なしに美味しい。これで14リラなのは何かの間違いのような気もするので、明日も行くつもり。

2009531_014 白い町ボドルムはに明日まで宿泊する。普通に人が住む町は綺麗だ。さあて、これからどこへ向かおう。北上か、それとも海を求めて再び南下か。あてのない旅はまだまだ迷走する。

<旅のお小遣い帳>
ダッチャ・FORA HOTEL:180(3泊)
銀行より引き出し:200
バス代(ダッチャ~ムーラ):13×2=26
シミット(ゴマパン):0.75
バス代(ムーラ~ボドルム):13×2=36
バス代(ボドルム市内~ギュンベット)2.2×2=4.4
ビール2本:7
夕飯:14

今日のかわい子ちゃん

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2009年5月31日 (日)

5月30日(20日目):ダッチャ(クニドス)

今日はボートツアーで海を巡り、クニドスという遺跡に行く。宿のおじさんに予約をお願いしていたところ、なんということ!乗客が少なくて催行されないとのこと。とりあえず飛び込み客がいることを願って港に行ってみたけど、今日はツアーはしないよと悲しいお答え。すっかり意気消沈。まあチャイでも飲んでいけよというお誘いをお断りして、さあどうしよう。

2009530_005遺跡は散々見たのでもうそんなに興味もないよね、と話していたんだけど、行けないとなるとなんだか悔しい。万一のことを考えて国際免許証は作ってこなかったので、レンタサイクルかバスか。聞くとクニドスまで37キロあるらしい。やっぱりバスかあ。ホテルに戻っておじさんに「やっぱりボートツアーはだめだったよ。クニドスに行くバスある?」と尋ねたところバス乗り場まで連れて行ってくれて、往復の時間も調べてくれた(帰りのバスに乗り遅れたらエライことになるというのに、バスの時刻が二転三転して肝を冷やした)。

どうにかバスに乗り込み、小さな村をいくつか抜けてクニドスに向かう。小さな村は本当に人々の生活を垣間見れてよかった。みな愛想がよく車窓の私に手をふってくれる。小さなビーチのある村も通る。いつかはこういう地元の人しか来ないような村に来たいな。写真は小さな村で売られていたオリーブオイルやハーブ類。

2009530_016 2時間近くバスに揺られてとうとうクニドスへ。話によるとやはりここが地中海の最先端らしい。水はどこまでも白い。

まずは遺跡を探索。入り江全体が遺跡と言っていいくらい巨大な都市が残っている。円形劇場もあれば、寺のテラスもあるし、円塔も残っている。かつてこの町に住んでいたであろう人々やその暮らしに思いを馳せる。

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大規模な遺跡をあれこれ探索した後は汗だく。取るものもとりあえずビールを飲み、その後は軽くご飯。メゼ(アペリティフ)をミックスで一皿取り、魚の塩焼き(オリーブオイルを垂らしてグリルで焼いていた)を注文。メゼ類はそれぞれに美味しかった。魚は鯛の仲間みたい。付け合せのルッコラが不思議と良く合う。そうそう、パンは自家製とのこと。天然酵母で焼いたパンらしく、リーンで美味しかった。

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ご飯を食べたら桟橋で泳ぐ。水はとても冷たいのだけれど、あまりにきれいなので入らずにはいられない。地元の子供たちもやってきて一緒に泳いだり水中眼鏡を借りたりして仲良くなる。アスケル(兵隊)のお兄さんも一緒にダイブ。水中眼鏡を介して見た水の中には魚がいっぱい。ついつい嬌声を上げる。ダイビング好きな人の気持ちがわかったよ。

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何度も足の写真をすみません。コントラストがはっきりして水の青さがよくわかるので。下左側の写真、小さな魚が見えるかな?

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帰りのバスは4時45分。子供たちと一緒にバスに乗り、無事にダッチャに到着。ボートツアーもよさそうだったけど、こうして地元の人と楽しく遊べたし、時間の制限なく遺跡も見られたのでバスの旅もよかった。

夕飯はビーチにテーブルをしつらえたレストランへ。ビーチ併設のレストランは昼にはビーチパラソルとビーチベッド、夜はテーブルを設置するのだ。今日はチョバンサラタ(羊飼いのサラダ・トマトと玉ねぎと辛くない青唐辛子)、チュブラという魚のグリル焼き、タウック・シュニッツェル(チキンフライ)。今日はシュニッツェルがとっても当たりでした。暗くなると照明とろうそくでさらにロマンチックとなったのでした。

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<旅のお小遣い帳>
おやつと水:1.25
バス(~クニドス):10×2=20
昼食(ビール×3、メゼ、バルック):40
バス(~ダッチャ):9×2=18(なぜ行きと値段が違う?)
ビール(晩酌用):2.25
夕飯:40

今日のかわい子ちゃん:バスの中でこっそりパチリ

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2009年5月30日 (土)

5月29日(19日目):ダッチャ

昨日は怒涛の移動日だったため、本日はゆっくりとダッチャ地元で過ごす予定。少し寝坊して朝食を取り、インターネットで次の町の宿を予約する。トルコでは普通、宿は行き当たりばったりで取るのだけれど、今回は次の町への到着が8時頃になるため、万が一のことを考えて。インターネットのおかげで旅もずいぶんと便利になった。

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2009529_003 宿の予約が取れたので、ぶらぶらと歩いて今日のビーチを物色する。ホテルそばの海岸では今日採れた魚を売る市が立っている。昨日のレストランで隣に座ったおじさんに、海岸そばに温泉が湧いている場所があると聞いたので、とりあえず行ってみる。日本人は温泉が好きなのだ。行ってみると確かに湧いてはいたけれど、お湯ではなくがっくり。私たちの言う「お湯」の感覚と違うのかな。

2009529_010 海岸の一番端っこのレストランでビールとメゼ(アペリティフ)を注文し、併設のビーチベッド+ビーチパラソルでのんびり。今日のこのメゼが絶品でした。トマトとナスとオリーブオイルと塩、これだけの料理なのに何故こんなに美味しいのか。素材がいいからなんだろうな。

2009529_025 そういえばこの海はエーゲ海だと思っていたのだけれど、宿のおじさんの話によると、このダッチャのある半島を境として今日泳いだ海は地中海、半島の反対側がエーゲ海なのだそうだ。ふむ、定義が色々なのだな。せっかくきのうジュディ・オングの唄がエンドレスに流れたというのにね。言われてみれば確かにこの海は白い。トルコ語の白い海(アクデニズ)の名前の通り地中海なのかもしれない。でもジュディ・オングの唄が流れたのでエーゲ海ということにしておくかな。

2009529_014 ここのところ日焼け跡がちょっと痛かったり赤かったりしていたので今日は日焼け止めクリームをたっぷり塗って臨む。日本製の日焼け止めは量が少なすぎるうえに、顔に塗るとぴりぴりする。トルコ製はスプレーでたっぷり使えて、おまけにぴりぴりすることはない。これで万全と思ったら足の甲を塗るのを忘れていた。黒いよ、足の甲。

地中海を闊歩するあひるちゃん達や、魚が1匹しか釣れなくてたそがれるおじさんなどとともに海水浴タイムは終わる。

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2009529_028お昼が軽かったので早々にお腹が空いた。町なかに出るとパザル(市)が立っていた。こうして人々の営みを見るのが本当は一番楽しいのだ。夕飯は昨日めぼしをつけておいた「マンダリナ・レストラン」へ。今日はキョフテ(肉団子)とタウック・ウズガラ(チキンのグリル)。予想以上に美味しくて満足満足。明日はビーチのレストランに行くぞ。(今日の写真は大失敗。明日に乞うご期待)。

早い夕飯を終えて、トルコポップをBGMに宿のおじさんからいただいたフルーツやスーパーで買い込んだ食料をつまみにまたビールを飲むのだった。今日は二人で500 mlを7本飲んだぞ。

<旅のお小遣い帳>
ビーチのレストラン:14
ビーチベッド:8
夕飯:26
おやつ:0.95

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2009年5月29日 (金)

5月28日(18日目):カルカン~ダッチャ

2009528_002 今日は大移動の日。9時半のバスに乗るべく大急ぎで荷造り+朝食。楽しかったカルカンに別れを告げて、オトガル(バスガレージ)からまずフェティエを目指す。

フェティエは15年前初めてトルコで自主的バス旅行をした時に最初に降り立った街。そのときと比べるとオトガルの様子はすっかり変わってしまっていた。写真は新しくなったフェティエのオトガル。

2009528_004 フェティエからマルマリスに移動し、さらにダッチャを目指す。フェティエ、マルマリスを経て、ダッチャに向かうに連れて少しずつバスの中の外人率が低くなる。ダッチャ行きのバスの外人はとうとう私たちだけとなった。フェティエを過ぎると海は地中海からエーゲ海となり、白かった海の色が深い青となる。頭の中ではジュディ・オングの歌がエンドレスで流れはじめる(←古すぎる)。全行程7時間あまりを経てようやく今日の目的地ダッチャに到着する。

ダッチャはトルコ国民のための休暇村、街中には長期滞在用のアパートホテルが軒を連ねる。私たちが選んだ宿はオトガルからほど近い「フォラ」ホテル。価格はトルコのリゾート地の1割増くらい、でもリビングルームとベッドルームが別々にしつらえてあり広々としている。今回の旅行ではこの宿が一番ゴージャスだ。安宿旅行に慣れてしまったので、部屋が多くて戸惑ってしまう。

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2009528_017 到着したのが午後5時だったので、海水浴はあきらめ街をぶらぶらする。ついでに船を使う旅の状況を確認する。このダッチャでどんな時間を楽しむかは船の運航に大きくかかわってくるのだ。やっぱり地中海と違ってエーゲ海は青い。あ、写真で見ると白いですね。

そして夕飯はネットの情報を見て「セダ・レストラン」に行ってみる。店主の少し強引なアプローチにちょっと腰が引ける。あまりにお腹がすいていたからか、つい写真を撮り忘れる。味はわるくないけれど、明日は別の店に行ってみようと思う。トルコのいいレストランはもっと朴訥なのが私たちのスタンダードだ。

ホテルに戻り、久しぶりにトルコのテレビを見ながら(カルカンの宿はテレビがなかった)買い込んだビールで乾杯する。

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写真はカラマル(イカリング)とタウック・シシ(チキンケバブ)。青くて長いのは唐辛子です。今回はえらく辛くて、ぎょえーという顔をしたらトマトを追加してくれました。メゼ(アペリティフ)の写真は撮り忘れました。

<旅のお小遣い帳>
宿代(カルカン:チレッキパンション:3泊):45×3
バス(カルカン~フェティエ):10×2=20
バス(フェティエ~マルマリス):16×2=32
昼食(トスト、ポアチャ、アイスココア):4
バス(マルマリス~ダッチャ);9×2=18
スーパーマーケットで買い物(ビール2.25×3+2.35、チーズ1.5、クラッカー0.25、日焼け用ローション18.9):30.15
夕飯(セダ・レストラン):30

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2009年5月28日 (木)

5月27日(17日目)カルカン(パタラ)

今朝は宿のおじさんが寝坊した模様。このチレッキ・オテルのおじさんはとてもキュート。寝坊しても許すよ。

2009527_004 さて今日は世界で2番目に美しいという「パタラ・ビーチ」へ出かける。ちなみに1番目はどこだかわかりません。昨日のボートツアーで日焼けした顔が痛くなってしまった(!)ので、帽子を購入。

パタラはカルカンの町からバスで30分、山を越え村を抜けたところにある。ビーチの手前に遺跡があり、ビーチに入るには遺跡のゲートを通る必要がある。遺跡入場料は5 TL、むうん。

2009527_011 トップシーズンのちょっと前なのでビーチはさほど混んでない。なるほど白い砂浜が続いている。2.5kmくらい続いているそうな。空気が乾いていて空が青い。残念ながら風が強くて、さぶいのだった。

お昼はビールとカラマル・タバ(イカリング)、チーズトースト。ビーチ価格、それもイギリス人向け価格だ。でも味はいい。日本のイカリングはフライだけど、ここのイカリングは天ぷらに近いフリッターでビールによく合う。

2009527_008今日は積極的に日焼けすると後が大変になりそうなので、帽子をかぶり、Tシャツと巻きスカートですごす。それでも手足はどんどん黒くなる。

世界で2番目の海は海と空の色がきれいで、何より砂浜が美しかった。ゴミは皆無。各地のビーチも見習わなくてはね。

帰りのバスの車窓から遺跡を見物。円形劇場や門、住居が残されている。トルコを訪れるようになってから遺跡は散々見て飽きた気分になっていたけれど、実際に目にするとやっぱり感動する。

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夕飯は再度アリババへ。今日はスタンダードにタウック・シシ(チキンのシシケバブ)と、煮込みキョフテ(ハンバーグ、ポテトとチーズ乗せ)、ピラウ(ひよこ豆と松の実入り)。結局3日間毎日夕飯はアリババだったのだけれど、毎日美味しい夕飯となった。スタンダードなタウック・シシはこれまでで一番美味しかったかもしれない。

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宿に帰りバルコニーでビールを飲んだ後、カルカン最後の夜を楽しむべく散歩に出かける。3日目にして初めて歩く道、ビーチの端まで来たところ、昨日仲良くなったハサン&ギュル夫婦とばったり出っくわした!何たる素敵な偶然。大喜びの私たち、何度もキスを交わす。ややー素敵素敵!ここでまたもビールを飲み、再会を誓い合ってカルカンの夜は更けるのだった。

明日は移動。最終目的地に到達できるかいささか不安です。

<旅のお小遣い帳>
帽子:10
ビーチまでのバス代:往復10×2
入場料:10
昼食:24.5
銀行より引き出し:500
ビールとクラッカー:2.15
夕飯:27.5
置物:5

今日のかわい子ちゃん:あたくし

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2009年5月27日 (水)

5月26日(16日目):カルカン

2009526_001カルカンは切り立った岩山が背後に聳え立つ港町、山から日が昇るため朝が遅い。7時半ごろにようやく日が差してくる。リゾート地にありがちな遅い朝食までの時間をもて余し、しばらく町をぶらぶらする。まだ ヨーロッパ人のいない町はやはりトルコの香りがする。

朝食を済ませて今日はボートツアーに参加する。参加者が最高人数に到達すればツアーは決行。私たちの乗る船は定員10名の小さな船だったので時間通りに10時半に決行。

2009526_009船はカルカン近辺のいくつかの島をめぐり、海水浴を楽しむ。お昼ごはんやおやつも出る。この船に決めた理由のひとつは、船長の奥さんがお昼ご飯を手作りするということ。楽しみ楽しみ。

参加者はイギリス人の家族3名+3名、トルコ人夫婦、そして私たち。私は英語を話したり、トルコを話したりと忙しい(汗)。

2009526_017 地中海はトルコ語で「アクデニズ」、白い海と言う。その名の通り、海は白い。沖合いの紺碧の海が島に近づくにつれコバルトブルーに変わり、どんどん白くなる。

肌が焦げてきた頃に船は停泊する。船から海に降り島まで泳いだり、船の周りをぐるぐる泳いだり。水は冷たく、焦げた身体が冷える。地中海の水は澄み、水深はけっこうあるのに水底や魚が見える。水はどこまでも澄んでいる。

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楽しみなお昼ご飯は、奥さんの手づくりのトルコ料理。ピラウ(ピラフ)、チキンとジャガイモの煮物、ナスのトマト煮、インゲンの煮物、葉野菜(うーん名前忘れた)のヨーグルト和え、ボレキ(春巻きのようなもの)、どれもこれもとても美味しかった。

2009526_021 昼食の後も泳ぐ泳ぐ。イギリス人は日焼けに熱心だ(頼むからトルコで上半身裸になるのはやめてくれ>ヨーロッパ女子)。同じ海のようだけれど、島によって海の色が微妙に違うのが面白い。

最後の停泊時には果物やおやつ、ソフトドリンクも出る。私たちはトルコ人夫婦とすっかり仲良しになり、写真を送るね♪と約束してツアーは終わった。

2009526_024以前の旅でもアイワルックという町でボートツアーに出かけたことがあるんだけれど、船のうえではなんだかとても満ち足りた気分になる。浮世のことはすっかり忘れて、ただただ波を見つめるだけで幸せな気分になれる。6時間半のツアーは実にあっという間だった。

全行程ひとり35リラ(2100円:ビールは別料金)。激安でしょ? これでもかつてと比べると驚くほど高くなった。トルコの夏にボートツアーは必須項目なのだ。

夕飯は、ホテルのおじさんもアリババが一番だと薦めてくれたので、またもアリババレストランへ。トルコに来たんだからトルコ料理が美味しい店に行かなくちゃね。今日のご飯はムサカ(ナスとひき肉のトマト煮込み)、ターゼ・ファスリエ(インゲンのトマト煮込み)、エトリ・ギュベジ(羊肉のキャセロール)、ジーエル・ソテ(羊レバーのグリル煮込み)。今日も大変に美味しかったのでした。2009526_044

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能天気リゾートの旅はまだまだ続きます。

<旅のお小遣い帳>
ボートツアー:70
昼ビール:10
夫ズボンクリーニング:5
トルコ音楽のCD;5×3枚
日焼け止めローション:24.90
ビール2本:4.44
夕飯:38
合計;167,34

おまけ:今日のかわいこちゃん

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2009年5月26日 (火)

5月25日(15日目)アンタルヤ~カルカン

2009525_004 アンタルヤがあまりに巨大観光都市と化していたので、小さいビーチの町カルカンに行くことにした。さようなら、アンタルヤ。ガイドブックに詳しく載ってないので、あちこち知り合いにカルカンへのアクセスについて話を聞く。出発前にホテルで聞いた話が今ひとつ信用ならないので、どうしようかなあ、知り合いにもう一度聞きに行こうかなあと悩みつつ歩いていると、ばったり知り合いに出っくわす。トルコって不思議なところだ。カルカンへの行き方をくわしーく教えてもらって(やっぱりホテルの情報は間違いでした)、オトガルに向かう。

2009525_014 オトガルから「エルマル」行きのバスに乗る。このバスにはなんと友達の友達が乗っていた。こんなところで知り合いとつながってる人と会うなんて。まったくトルコって不思議だ。アンタルヤで会えなかったその友達には手紙を渡してもらうよう託して、おまけにシミット(ゴマパン)までもらう。それにしても、この山経由の道のすばらしいこと。緑深く、そして下界は激暑というのに山には雪が残っている。

エルマルでバスを乗り換える。昼食ではおそらくボられた(涙)。先に値段を聞いてなかった私の落ち度だな~。友達の友達はギョムベという村で降り、さらに1時間。ようやくカルカンに到着。炎天下、道の途中で降ろされたので途方にくれたけれど、青年がカルカンのホテル街まで連れていってくれる。ありがとよー。

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カルカンは小さな町ながら、美しい海に恵まれヨーロッパ人に人気の町。アクセスがあまりよくないので、混雑してない。だ~け~ど~宿が高かった。いくつかの宿で値段が折り合わず、価格交渉してチレッキ・ホテルに決定。カルカンの宿にはどこもテレビがないのはなぜだろう。

2009525_030_2 結果的に町に着いたのが4時近かったうえに、昨日の初海水浴で日焼けした肌が痛んでいたので、今日は海水浴はやめて町を探検。昨日のアンタルヤが37℃ということだから今日は40℃を超えているかも。汗だくになりながら、町を俳諧する。町の白い壁と緑、そして海の青がコントラストをなしてとても美しい。ビール休憩をしたり、スーパーマーケットで買い物したり、道すがらトルコ人やヨーロッパからの観光客と話ながらゆったりと過ごす。

夕飯はアリババ・レストランで。地元の人に「観光客向けじゃなくて、トルコ人にとって美味しくて良い店ってどこ?」と尋ねてお勧めされたお店。いやー、お勧めされただけあって美味しかった。写真はカラマル(イカフライ)、イマームバユルドゥ(ナスのひき肉詰め:お坊さんもびっくり、の意)、そしてジーエル・ソテ(レバー・ソテー)。いずれも絶品でありました。

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カルカンのホテルはテレビもないし、ネットも通じない。ここ数日はインターネットカフェからアクセスします。あ、そうそう久しぶりに今日のかわいこちゃん。カルカンはなぜか犬が多いのでした。

2009525_029 <旅のお小遣い帳>
ミニバス(ウチカプラル~オトガル):2.80
ミニバス(オトガル~エルマル):16
昼食:10
トイレ:0.50
ミニバス(エルマル~カルカン):20
昼ビール:8
香辛料:10.8
夕飯:31
インターネットカフェ:4

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2009年5月25日 (月)

5月24日(14日目)アンタルヤ

2009523_007本日よりリゾート休暇編に突入。今日はアンタルヤの「コンヤアルト」海岸へ。(ううう、何たること。ビーチにカメラを忘れてしまいました!写真がしょぼくてすみません)

海岸まで近い?と聞くとみんな「近い、近い」という。その言葉を信じて歩いたところ1時間あまりかかった。うーん、トルコ人のいう「近い」に何度だまされたことか。いい加減に学ばないとなあ。

2009524_004観光地では有料のプライベートビーチが多いアンタルヤでも、このコンヤアルトとラーラは庶民的で、無料でビーチに入れる。ビーチに入る前にビールとシミット(ゴマパン)を買う。ビーチでは9 TLを支払い、パラソルとビーチベッドを借りる。周囲は家族連れか、友達同士。若者のナンパばかりで感じ悪い日本のビーチと違って、すこぶる健康的。まるで修行のように皆、肌を焼くことに熱心だ。日焼け初日の私は、焼けすぎたら困る場所に日焼け止めを塗って臨む。この年になっても日焼け対策をしない、というより積極的日焼けをする私って…と思わないでもないけれど、私自身は日焼けした肌が好きなんだから仕方ない。

今年はトライアスロン用の水着を持参したんだけれど、やっぱりちょっと後悔した。やっぱり海外のビーチでは、もっと派手でいっぱい肌を焼ける水着の方がおしゃれだ。水着買いたいな。

ビーチで過ごす時間はまったりとしているのに、あっという間だ。頭の中はすっかり空っぽ、人間こんな無心の状態が必要なんだなとしみじみ思う。あっ、写真はぜんぜん関係ないカレイチ(旧市街・城内の意)。

2009524_001 焦げたり、海で冷やしたりを繰り返して気づくと夕刻。こうしてリゾートの旅が始まった。ホテルに帰る道すがら、旅行用トランクを購入。これから少しずつ増えるであろう荷物をこれでどうにかまかなう予定。うふふ、やっぱり水着買っちゃおう。それにしても40 TL(2400円)って安すぎじゃないか?(45 TLに「値引きないの?」と聞く私も私だけど)

夜はフセインの店で別れを惜しみつつ夕飯。エト・ギュベジ(羊のキャセロール)とタウック・カナック(チキンのグリル)。海水浴の後はビールが進むのでした。今日のご飯も美味しかった~。明日は違う街に移動します。

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今回の写真は暗すぎて大失敗。屋外のテーブルで夕飯の写真を撮るのは間違いでした。

<旅のお小遣い帳>
ビール;3×2
シミット:0.60
ビーチパラソルとビーチベッド:9
路面電車:1.20×2
旅行用トランク:40
ビール:2.35
銀行より引き出し:500
夕飯:41

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5月23日(13日目)アンタルヤ

2009523_002アンタルヤには3泊の予定。今日はアンタルヤ近郊に住むトルコ人家族を訪ねる。この一 家のお父さんとお母さんが私たちにトルコ名をつけてくれたのだ。9年ぶり、みんな元気かな。

ちょっと悩んだ末、お土産は日本のものはなくアンタルヤ市内で買い求めたバクラワにした(写真はケーキ屋さん「nur」の様子。連れて行ってくれたおじさんありがとう)。いつも通りにドゥーデン・シェラーレ(ドゥーデン滝)行きのバスに乗る。いつもの風景とすっかり変わってしまっている。農村だったはずなのに道が広くなっている。こんな田舎にもアンタルヤ開発の波が!

2009523_004えええええ、家がない。見逃したのか、それとも路線が違うのか。しばらく歩いて家を探してみる。こういう日に限ってどんどん暑くなるのよね。小一時間、歩いて同じ路線のバスに乗り、中心街に戻る。

無言でビールを飲み、別の店で軽く昼食を食べる。ここはエルズルム名物のジャー・ケバブのお店。気落ちしていても、久しぶりのジャー・ケバブはやっぱり美味しかった。

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暑いしあきらめようかと散々悩んだのだけれど、見逃した可能性もあるのでもう一度バスに乗ることに。でもやっぱり見つからないのだった。しくしく。ひょっとすると道路拡張のために引越ししてしまったのかもしれないなあ。こうしてトルコの家族とは会えずじまいに終わってしまった(涙)。

再びアンタルヤ市街地に戻り、結婚式のお祝いを買う。ここでは結婚式のお祝いとして、新郎新婦の服にお札や金貨をつける風習がある。ジュエリーショップで販売されている専用の金貨を購入して、いざ行かむ結婚式へ。

式は世界共通ウェディング・マーチで新郎新婦登場。誓いの言葉とキス、そしてその後はひたすらダンス、ダンス、ダンス。新郎新婦も踊るし、若者も、親の世代の人たちもフロア狭しと踊る。私もちょびっと踊りました。お食事はトルコ料理のコース、そしてイスラム教徒がほとんどなのでアルコールなし(涙)。アルコールなしでここまで盛り上がれるトルコ人ってすごい。

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そして汗だくになって帰ってきたら、シャワーのお湯が出なかったのでした(トルコではソーラー給湯なのでいまだ普通。くすん)

<旅のお小遣い帳>
バクラワ:15 TL
田舎へのバス代:1.4×2人×4回
銀行より引き出し:200 TL
ビール:6
ジャーケバブランチ:5×2
ジュースとシャンプー:5.5
お祝いの金貨:77
バス:1.4×2
タクシー:8.5
合計136 TL

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2009年5月24日 (日)

5月22日(12日目)~アンタルヤ

16時間ではなく、17時間もかかった夜行バスの旅。疲れました(涙)。日本の夜行バスといえば大都市をダイレクトで結んでいるけれど、ここのバスは途中の小さな町でお客を拾い、降ろす。主要都市では30分ずつ休憩を取る。実に長い時間がかかるのだ。車内にはトイレがないので、問題発生時は次の停車まで待たなくてはならないのだった(滝汗)。

2009522_002 そういう季節なのかアダナのオトガルでは、出兵する男性の見送りでにぎわっていた。3家族もいただろうか。太鼓とラッパとダンスで盛大に送り出される。賑やかだけれどその音色は物悲しく、バスに乗り込んだ後も家族や友人がバスの前を占拠してなかなか出発させない。兵役のある国の家族の悲しみが夜のオトガルに沁みていた。

17時間といえば日本からイスタンブルへの旅(11時間)よりももっと長い。首が痛み、腰が痛み、足がむくむ。真っ暗だった車内に少しずつ日が差してきたと思ったら、アンタルヤが近づいてきた。

アンタルヤは私たちが初めてトルコに降り立った街であり、私がトルコ語を勉強した懐かしい街。この街を訪ねていなかったらひょっとするとこんなにトルコを好きになっていなかったかもしれない。

バス会社の無料バスで市の中心街に赴く。が、下ろされたのは1 kmも離れた場所。街がすっかり変わっていて人に尋ねながらようやく中心地へ。大通りも懐かしいカレイチ(旧市街)もすっかり様変わりして、どこを歩いているのか把握できない。友達の店も移転したしなあと、ちょっとさびしくなりつつ歩いていると、近所の絨毯屋のおやじ、レンタカー屋のお兄ちゃん、バッカル(食料品屋)のおじさんが覚えていてくれた。ううううれしいよ。

宿は9年前にデンマーク人の友達に教えてもらった安くて素敵なホテルに決めていたのだけれど、実際に宿に着いたら高くて素敵な「シークレット・ホテル」に変貌していた。あれこれ探すのも面倒になり、価格交渉してこの宿に決定。でも何かにつけ問題が勃発。最終的にはブレーカーがばんばん落ちるので部屋を変えてもらう。値段は今どきのトルコだけれど、設備やサービスは20年前のトルコみたいだよ(涙)。

気を取り直して市中に出る。昼食は、はらいたの夫は(←どうやら私とは違う腹痛が勃発した模様)タヴック・チョルバス(チキンスープ)、私はサンドウィッチ。チャイを飲みながら降り出した雨をやりすごす。

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雨がやんだあとはここに住む友達に会いに行く。街はすっかり変わってしまって、いつも通学していた道もさっぱりわからなくなってしまった。どうにかこうにかたどりつき、9年ぶりの再会を果たす。あれこれ話しているうちに何たる偶然、明日はその友達の結婚式だということが判明した。で、急遽パーティに参加することに。

汚いシャツとよれたズボン、もしくは短パンしか持って来てなかったので、とるものもとりあえずワンピースを買う。ネックレスをおまけにつけてくれる(嬉)。これで何とかなるか。

いったん宿に帰り、夕食へ。夕食も懐かしい店に。いつものフセインいるかな、いるかな? いたいた! フセインもちゃーんと覚えていてくれた。そして食べた食事がこれ。メゼ(アペリティフ)のエズメ(野菜のピリ辛和え物)、ヨーグルトのソース、手作りバター、ふわふわのでっかいパン、そしてメインはアダナケバブとチキンのギュベジ(キャセロール)。うーん、やっぱり美味しい。いつもの味だ。

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店の名前は何度か変われど、私たちはずいぶんご無沙汰してしまったけど、フセインはここにいて、そしていつもと同じ美味しい料理。アンタルヤはすっかり変わってしまったなあとちょっとがっかりしたものの、フセインとこの味だけは変わりがなかった。私はこの街にいたのだ。

2009522_019 <旅のお小遣い帳>
銀行より200 TL引き出し
宿3泊分60×3=180
昼食:9
ビール2本+おやつ=わわ忘れた(多分5.5)
夕飯:33
合計272.5

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2009年5月23日 (土)

5月21日(11日目)アンテップ~S.ウルファ~アンタルヤ

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結果的にアンテップからシャンル・ウルファを目指し、ウルファを観光した後その足で夜行バスでアンタルヤを目指すことにした。

アンテップからバスに乗って2時間。ウルファに到着。ウルファは白い霧に覆われた街だった。と思いきや霧ではなく、砂漠のような細かい土が常に舞い上がっているのだった。土地の人に聞いたところ、いつもこんな感じなのだそうだ。

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オトガル(ガレージ)に到着し、旧市街を経て新市街へ。市役所のそばにある美味しいと評判の店で昼食をとる。うーん、うまい!御飯が美味しいという噂は本当だった。レストランのすぐ裏手にジャーミ(お寺)があるのでビールは我慢。

2009521_019  食事の後はウルファの名所を訪れるべく旧市街へ。まずはアブラハム(トルコではイブライム)の生誕地へ。たくさんの人々が生誕地でお祈りを奉げている。その後は聖なる魚の生息する池へ。聖なる魚は鯉でした。そしてウルファ城へ。汗をかきかきウルファ城に上り、息を切らし、目をくらませて下山。高所恐怖症のわたしにとってはちと怖かったけれど、砂に煙るウルファを眺められたのはよかった。そうそう、ここではちょっと素敵な数珠を購入。イスラム教の数珠を法事に使っても大丈夫かな。

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2009521_023そしてビールを求めてぶらぶらと新市街へ。ウルファの街はシリアの街にも似てアラブの香りがする。そして女性がとてもおしゃれ。スカーフが派手なうえに、カラーコーディネートもなかなか素敵。

2009521_033 新市街では、先に見つけていたビラハネ(ビール専門のお店)へ。ビラハネと言えば怪しげなお店が多いのだけれど、ここ感じの良いお店だった。ここでもおまけのナッツをいただいて上機嫌。アンテップの人がいうようなボられるようなことはまったくなかった。写真はビラハネと店主。

てくてくとオトガルに戻り、5時のアンタルヤ行き夜行バスに乗り込む。これから16時間かけてなつかしのアンタルヤへ移動。さて、どんな旅になるかな。

<旅のお小遣い帳>
ドルムシュ(宿~オトガル):1.35×2=2.70
バス(アンテップ~ウルファ):10×2=20
ドルムシュ:1.35×2=2.7
昼食:9.00
数珠:3.00
ウルファ城入場料:3×2
ビール:3×3=9
夜行バス:ウルファ~アンタルヤ45×2=90
ウルファでトイレ:0.50×2=1.--
アダナでトイレ;1.00
どこか(忘れた)でトイレ:0.75
合計:144.15

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5月20日(10日目):サマンダー~ガジアンテップ

熱い一日が終わったと思ったらはらいたの刑が下ってしまった(涙)。夜中、はらいたの波状攻撃で眠れず。以前、船上レストランの食事の後でえらい目に遭ったことがあるいので、今回の原因も同じかも。日本から持参した抗生物質を飲んだら、ぐずっていたお腹がどうにか治まる。

2009520_001 ホテルで朝食を取り、どうにか出発できそうなので、サマンダーの中心街へ。昨日お世話になったイルハンらと会う。1時間ほどなんだかんだと歓談して、今日はガジアンテップを目指す。

ドルムシュ(乗り合いバス)の乗り方がやや複雑なので、乗り合わせた人にあれこれ尋ねながらガジアンテップ行きバス乗り場にたどりつく。

2009520_002 お腹の調子が悪いので昼食は抜き、結果として5時間のバスの旅。噂には聞いていたけれど、東部に続く道は舗装も適当だし、バスもしょぼい。トルコ政府が観光に力を入れている地中海沿岸とはえらい違いだ。地中海沿岸はそれはそれで素敵なんだけれど、このしょぼい街も実は好きなのだ。

2009520_009 座ることにすっかり疲れ果て、5時間の旅を終えガジアンテップへ。東部入り口の街、とちょっと緊張したのだけれど、大規模な街だった。人はやっぱり熱くて、道を尋ねたらそこまで連れて行ってくれたうえに、携帯電話の番号を教えてくれようとする。挙句の果てには足りない小銭のバス代を払ってくれる。うう、ありがとうね、アンテップの皆さん。

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ガジアンテップ城を経て中心街をふらふらと歩くと、昼食抜きの胃袋が泣き始めた。この街はジャーミ(お寺)が多く、ビールが飲める店が少ない。ようやく見つけたお店はビラハネ(ビールを飲むお店)。

2009520_0172009520_019ちょっと大き目のビールを注文し(お腹を壊しててもビールは飲むわけです)、あれこれご飯を頼んで28 TL。ビールが12 TLなので、かなり安い。味も南部に位置するため、少し辛味の利いた味付けがなかなかいい。あんまり見るところはないかも、と思っていたガジアンテップは予想外にいい街でした。そう、ご飯が美味しければ良い街なのだ。

だけど、明日行こうと思っていたシャンル・ウルファは、御飯が美味しいことで有名なんだけれど、ボられるとこの店の人に聞いたので、どうしようか悩み中です。

<旅のお小遣い帳>
乗り合いバス;サマンダー海~サマンダー中心街:2 TL
銀行より引き出し:200 TL
乗り合いバス:サマンダー中心~アンタクヤ:5 TL
バス:アンタクヤ~アンテップ:35 TL(1 TLおまけ)
水:0.50 TL
乗り合いバス:アンテップガラージ~中心街:2.10 TL(0.60払ってもらった…)
ホテル:50 TL
歯ブラシ:1.05
夕飯:28 TL
水:0.3
合計126.05

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5月19日(9日)アレッポ( حلب)~サマンダー(アンタクヤ)

2009519_002 朝食のないホテルだったため、近くのレストランで朝食。ひとり200シリアポンド。うわー、足元見られた。残りシリアポンドを使い果たさなくては、と思っていたので、いいよ、と言った自分にむっとする。そして食後に美味しそうな大衆食堂の朝ごはんを見てさらに腹を立てるのだった。

ホテル代とアンタクヤまでのタクシー代、出国税を払うと残り31ポンド(約62円)。なんという綱渡り旅行。陸路の国境越えはトルコも若干厳しかった。私たち日本人はそうでもないけれど、国境で商売を営むドライバーたちの荷物には厳しいチェックが入った(そしてお茶1キロ没収されてました)。

2009519_007 3時間を経てトルコへ帰ってきた。ああああ、言葉が通じるというのはなんて気楽なんだろう。一気に安心する。今日はアンタクヤの市街地ではなく、サマンダーという小さな海辺の町へ。トルコが面する地中海の端っこだ。(この日はトルコの祝日、ケマル・アタチュルクの日のため、国旗を掲げた家が多かった。写真は国旗がはためくアパート)

2009519_015 サマンダーでホテルを決めて荷物を置いた後、メインストリートへ。ここはシリアか?と思うほどに声をかけられ、手を振られる。昼食のために入ったレストランでは若者と仲良くなったり、道で何度もすれ違う女子高生と話し込んだりする。

ここにはほとんど外国人がやってこないため、住人にとっては珍しい存在だったのらしいけれど、後になって判明したのだけれど、この街からはたくさんの男性が日本(ほかにもブラジルやヨーロッパ)に出稼ぎに出ているのだそうだ。ホテルから一番近いレストランの男性も日本で働いていたというし、歩いている途中に女性が手招きし、話してみると「私の息子は日本で働いているの。日本ってどんな国ですか。息子が働いている国だから私はとても好きなのです」と語られた。話しながら私も少し目頭が熱くなった。

2009519_027夕飯は、日本で働いていたというフセインのレストランへ。普通に食事をしていたところ、後ろの席の男性グループに「ちょっと来て」と呼ばれ、いつものごとく「トルコ語、話せるのか?」から始まり、延々と会話が続く。気づくと大宴会となっていた。

あげくの果てには、そのうちの一人の親戚一同が経営する船上レストランに拉致られ、親戚一同と踊り狂う私だった。なかなか帰れそうにないので「目にコンタクトが入ってるのよー」と訴えてホテルに帰る。サマンダーの人間ってハートが熱いでしょ?と何度も言われた通り、熱い1日が終わったのだった。

<旅のお小遣い帳>
朝食:400(昨日の夕飯の約3倍)
石鹸:55×2
宿代:13 USD+100 SYP
乗り合いタクシー(~アンタクヤ)450×2
出国税:550×2
バス(アンタクヤ~サマンダー)3×2
昼食(サンドウィッチ2、ビラ2)12
電話カード:5
宿:50 残り214.70 TL

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2009年5月21日 (木)

5月18日(8日目):パルミラ(تدمر ‎)~アレッポ( حلب)

ネットにまったく通じないことがだんだん不安になってくる。昔はパソコンなんてなくても長期旅行していたのにね。

2009518_003 焦げるように暑かったパルミラも朝はさわやかで涼しい。シリアの朝食はこれがデフォルトか。ヨーグルトはアレッポほど美味しくはなかったけどね。バスガラージからホムス行きのバスに乗り、ホムスではアレッポ行きのバスに乗り換えるべくガラージ・バスマンへ移動。ガラージ・バスマンは相変わらず感じが悪く、ボられ疑惑がむんむん。どうもホムスとは相性が悪いような気がする。

2009518_006 2時間+2.5時間のバスの旅を経て、再びアレッポへ。やっぱり既知の街は安心できる。まずはホテルにチェックインし、明日のアレッポ行きの乗り合いタクシーを確認する。明日は11時にアレッポ出発が決定。財布を覗くと残りシリアポンドが少ない。ATMではCITIカードが使えないので、やむなくVISAカードで1000 シリアポンドを引き出す。

アレッポに帰ってみると、確かにアレッポも暑いのだけれど、パルミラの暑さは「焦げる暑さ」、アレッポは「煮える暑さ」だ。すっかり煮えまくった結果、前回もお世話になった酒屋でトルコビール500 mlを買い込む。

2009518_008 残るシリアの時間をゆったりと過ごす。金曜日には人気のなかったスークも今日は人だかりがしている。買い物客でごった返すスークを見ていると、購買力は日本よりも強いかもしれないと感じる。

スークの後は、アラブの国には珍しいカトリック教会へ。さすが国境の街、各国のカトリック教会が軒を連ね、キリスト教区を形成し、ここだけ少し雰囲気がヨーロッパだった。

2009518_013 夕飯は今日もビールを飲むためにレストランからテイクアウト。相変わらず美味しいシリアご飯。ふたりで290円!食後、またも息つくまもなく気を失うのだった。

<旅のお小遣い帳>
切手18×3
ツアー料金:30 USD
宿:1400 SYP
バス~ホムス:100×2
タクシー(バスガラージ・ブルマン):100
バス(~アレッポ)150×2
昼食(サンドウィッチ):90
VISA 出金:1000 SYP(CITIバンク使えない!)
ビラ4本:200
夕飯:145(安すぎる!)

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2009年5月20日 (水)

5月17日(7日目):ホムス(حمص)~パルミラ(تدمر ‎)

2009517_007朝ごはんは唯一早朝から開いていたお店へ。ん?昨日、晩ご飯を食べたお店でした。サンドウィッチとシャイ(チャイ)で120円。美味しいうえに安い。

今日は日帰りでパルミラへ。バスガラージ(ガラージ・バスマン)に向かい、パルミラ行きのバスを尋ねると、1社のみの取り扱いで12時半という。えええ、それでは今日中にホムスに帰ってこれないではないか!散々考えた末、今日まで泊まるはずだったホムスの宿をチェックアウトし、パルミラで1泊することを前提に移動することに。

2009517_008 ホムスの宿では2泊を1泊に切り上げるよ、とホテルのフロントに告げると、1泊分の宿代を返してくれた(嬉)。そして再びガラージへ。なぜだかわからんけど11時半の切符が買えた。しかし、シリアのバス会社よ、チケットに書く数字は(外人相手の場合は)世界共通の数字で書いてはもらえまいか。アラビア数字、それも癖のある字では、出発ラインが何番か、何時に出るのか、座席ナンバーが何番なのかさっぱりわからない。何度もそのあたりの人に尋ね、周囲の人々をたくさん巻き込んで(興味津々の人たちが集まってきて協議を始めるのだ)、判明するまでに恐ろしく時間がかかるのだ。(写真はガラージのサンドウィッチ屋)

2009517_011 バスに乗り、うつらうつらとして目を覚ますと車窓には砂漠が映っていた。砂の中のオリーブの木々、ぽつんぽつんと建つ家、そして人のいとなみ。初めて見る砂漠でやはり人が暮らしていると思うと、わけもなく胸が熱くなる。

2時間でパルミラへ。パルミラに来ずしてシリアに来たとは言えない、というほどにすばらしい遺跡のある街。バスを降りた途端、ホテルやタクシーの客引き攻撃に遭う。同じバスに乗り合わせたオーストラリア人夫婦と「ねえ、どうする?」「タクシーをシェアする?」と話し合ううち、声をかけてきた客引きのひとりが泊まる予定の宿の人とわかり、一安心。ホテルまで送ってもらう。この客引きの「鈴木たかしさん(多分仮名)」は宿と契約している運転手で、パルミラの遺跡巡りのツアーをやっているという。ひとり15ドル(700シリアポンド)ならリーズナブルと判断して、参加することに。

スズキさんとの約束の時間まで市中の遺跡を巡る。何しろ暑くて、遺跡は広大。圧倒される。空の青に石造りの茶色が映えてそれは美しい。強い炎天下を歩いて遺跡を堪能。そして鈴木さん(本名を知りたいぞ)のツアーへ。

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ツアーに同行したのはオランダ人夫婦。とても良い人ですっかり仲良しになる。一緒に墓を見学し、砂漠の中のオアシスの村に赴き、アラブ城へ。アラブ城では地平線に沈む太陽を堪能した。今日のツアーで訪ねた名所名 所でトルコ人団体客に出会う。言葉がすんなり通じると思うと嬉しくなって、ついトルコ人とも仲良くなる。いや本当に意思の疎通ができるということは嬉しいことだとしみじみ感じる(おまけにアラブでは文盲状態だからね)。

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沈む夕日をアラブ城から眺めた後は、ベドウィン族の家を訪ねる。ひと家族で養う羊は300~400頭、お茶をご馳走になり、テントの中も見せてもらう。同じ人間で同じ時間を生きているのに、生活ぶりはぜんぜん違う。日本での便利な暮らしもいいけれど、大地のうえで家族に囲まれ自然とともに生きる暮らしもまた幸せだろうと思う。帰路につく前に見上げた空には星がきらめいていた。

2009517_074パルミラでは、到着直後に入った店がビールはあれどツーリスティックな最低の店だったので、早々にビールを売っているお店を探した。すぐに見つかったので、暑くて疲れるたびに店でビールを買ってホテルの部屋で飲んだ。昼食が遅かったために、夕飯もその店でサンドウィッチを買ってビールで済ませた。こんなに暑いとビールがなければ生きていけない。そういうわけで昨日の反動もあったのか、本日の飲酒量は500 ml×6本だった。観光地だからか、ビールの値段はこれまでで一番高かった。

<旅のお小遣い帳>
朝食;120 SYP
タクシー(宿~ガラージ・ブルマン):50
タクシー(ガラージ・ブルマン~宿):50
宿泊1日短縮→1400 SYP返却
タクシー(宿~ガラージ・ブルマン);50
ガラージでお茶:55
バスの中のお菓子:25
バス(ホムス~パルミラ)100×2
昼食(サンドウィッチ100×2、ビール200×1、水):450
遺跡入場料:75×2
ビール:100×2
ベドウィン族にお礼:100
夕飯:ビール100×3、サンドウィッチ50×2
合計1850

パルミラ行きのバスが午後しかないと判明した時はこのままアレッポに帰ってしまおうかとも考えたのだけれど、パルミラに来てよかった。遺跡はすばらしかったし、最悪だった昼食のレストランを除けば出会った人はみな良い人ばかり。

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2009年5月19日 (火)

5月16日(6日目)アレッポ( حلب)~ホムス(حمص)(~ハマحماة往復)

2009516_001 アレッポの宿の朝ごはん。質素ながらヨーグルトの美味しさに驚嘆する。こんなに美味しいヨーグルトを食べたのは初めて。クリームのようにまったり。

さて今日はアレッポを出てホムス(حمص)へ。移動手段が今一歩はっきりしないので、あちこちで人に尋ねる。乗り合いバスに乗りバスターミナルへ行き、大型バスに乗る。どうもボられたような気がする。

2009516_007 2時間でホムスに到着。まずは宿探し。しばらく地図上の位置が把握できず市中をさまよう。ホムスの人は親切なので困っているとあちこちから助けの手が伸びる。うーんやっぱり昔のトルコみたいだ。ちなみにこの日一日で100回以上「ウェルカム」「ハロー」と声をかけられた。珍しいものが好きで人懐っこいのだ。

2009516_010荷物を置いて昼ごはんへ。さほど空腹でないので、タウックシシ(チキン・ケバブ)とグレープフルーツジュースをオーダーする。そしてヨーグルトの美味しさに卒倒するのだった。朝のヨーグルトに輪をかけて美味しい。これが美味しいと噂のシリアご飯なのか。

そして一路ハマحماةを目指す。ハマはやっぱり暑かった。日本の猛暑よりも数段暑い。夫はうわごとのように「ビール、ビール」とつぶやく。名物の水車を眺めながら路地に入り、アゼム宮殿へ。地方の王様の宮殿という感じかな。暑さがだんだん厳しくなる。市中を歩いているうちに、疲れで機嫌が悪くなる。屋台の並ぶ生活用品マーケットを冷やかしてホムスに戻る。途中、ようやく酒屋を見つけてようやく一息つく。ぷはー。

2009516_025 ホムスへの帰路はまた乗り合いバスに乗る。隣合わせた夫婦がこれまたいい人。お互いに通じない言葉を使って語り合う。すっかり仲良しになってしまった。タクシー代を出していただいたうえに、ご主人がしきりに「うちにおいでよ。泊まったら?」と言ってくれたのだけれど、残念だけどホテルにお金も払ったし荷物も置いてるんです、と話して遠慮する。写真を撮って日本から送るね、と約束する。別れ際にチョコレートを買ってもらう。ボられることも多いけれど、今日はアラブのホスピタリティに触れた思いをする。

ホテルで休憩した後、市中を探検。街中をうろうろしたり、スークで迷ったり。レストランを探すけれど、どこにもない。シリアはあまり外食しない文化なのか。3軒しかレストランがないレストラン街で食事をすることに(既にお昼ご飯で1軒制覇済み)。

2009517_001 遅いウェルカムドリンクで甘いシャイ(チャイ)をご馳走になったからか、ぜんぜん空腹じゃないのだけれど、食べないわけにもいかないしね。あんまり食べられないよなあ、とあまり気が進まない夕飯だったのだけれど、心配に及ばず。やはりシリアのご飯は美味しかった。昼とほぼ同じメニューだったというのに、ひとくち食べると、また美味しさに腰を抜かす。そしてがんがん食べて完食するのだった。惜しむらくはレストランにビールがないこと(涙)。こんなに汗をかいてビールが飲めないだなんて拷問だぁ。半分泣きながらホテルで7upを飲む私たちだった。

<旅のお小遣い帳>
乗り合いタクシー(~バスガラージ)25 SYP
バス(~ホムスバスガラージ)250 SYP←多分ボられた。
タクシー(~ホムス・シティセンター):50
ホムス・グランドバスマンホテル:2400
昼ごはん:220
タクシー(~バスガラージ):50
ミクロバス(~ハマ・ガラージ)50×2
タクシー(~ハマ市中):50
カード3枚:15
アゼム宮殿:100×2
コーラ:25
ビール:75
タクシー(~バスガラージ):50
ミクロバス(~ホムスガラージ):65(二人分で65って?それに行きと値段違うし)
アイス:15
夕飯:235
7up:15
合計:3840

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生きてます

2009517_033 シリアでは通信状況が悪く、アレッポでどうにかこうにか写真ぬきの記事をアップした(写真はとてもアップロードできなかった)後は、一切ネットに通じなくなってしまいました。

ご心配をかけた皆様、申し訳ありません。生きてます。

シリアでの怒涛の旅について、順次更新します。お楽しみに!

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2009年5月16日 (土)

5月15日(5日目)アンタクヤ~アレッポ( حلب)

5月15日(金)アンタクヤ~シリア・アレッポ
2009515_001 オヌル・ホテルの朝食はなかなか豪華だった。トルコのホテルのよしあしは朝食を見ればわかるなあ。チーズの種類が豊富なことにちょっと感激。

今日はシリアのアレッポを目指す。昨日バス会社の担当に言われた通りにオフィスに8時に向かうも、バスはなし。がーん。すったもんだしたけれど、どうにかアレッポ行きの乗り合いタクシーに乗る(詳しくはシリア入国編をご参照ください)。

2009515_002 少しずつアラブが近づいてくる。光が強くなってくる(←気のせい)。大地に石がごろごろと混ざってくる(←本当)。入国もさほどのトラブルなく済んで、全工程3時間あまりでアレッポの中心街へ。

2009515_011 宿探しに少し難航する。トルコ語の話せるおじさんが突然登場して、宿探しにつきあってくれてどうにか宿が決まる。古いけど値段の割にはちゃんとしている。天井が高くて歴史を感じる。この部屋にこれまでどんな旅行者が泊まったのだろう。

荷物を置いてアレッポの町並みへ。とにかく暑い。アンタクヤと100kmくらいしか離れていないのにこの暑さはなんだ! 一気に体中から水が抜ける。

2009515_014 取るものも取り合えず入ったレストラン。ここが大変に当たりだった。サービスの野菜(ミント、ラディッシュ、ビベル[ピーマンも唐辛子もビベルという。これは辛くなかった])、サラダ、アダナケバブ(ひき肉のケバブ)+シシケバブ(羊肉)、パン。シリアのご飯は美味しいという噂は本当だった。んもうめちゃめちゃ美味しい。そしてコーラも飲んだのに驚きの200 シリアポンド(400円)。店にビールを置いてないのでビールを飲めないことがつらいけれど、ご飯がこれだけ美味しいので許す!

食後、名所に赴くもあまりの暑さに疲れ果てていったん宿に戻り休憩した後、再度市中へ。

まずは博物館へ。ここは文明の発祥地。色んなものが出土していて興味深い。人間の骨から装飾品まで出土品は豊富。石像ブースでは「写真撮っていいよ」と言われて気をよくして写真を撮ったら「寄付ちょうだい」と言われる。うーん不覚。でもトルコで同じように「写真撮っていいよ」と言われたけれど、お金なんて強要されなかったぞ。

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次はアレッポ城へ。市の中心の山に高々とそびえる城に圧倒される。日差しがきつく気の遠くなる高さだけれど、登らずにはいられない。石造りとは不思議なもので、あれだけ暑いというのに、いったん室内に入るとひんやりする。かつてアレッポの王様は庶民とはかけ離れた涼しい生活をここで送っていたに違いない。てっぺんからアレッポを見渡すと、アレッポの街の広さ、そしてこの平野が広大に広がっていることがわかる。そしてオロンテス川。ここに古くから人がくらし、文明をなしたのだ。

2009515_043 日焼けで既に顔を赤くして、スーク(市場)に向かう。残念なことに今日はイスラム教の安息日である金曜日。扉を閉めたスークは暗く、そして迷路状になっていて、不思議な空間となっている。道を間違えたら迷ってしまいそうだ。このスークが平日は人であふれることが想像できない。そしてやはり石造りのスークはひんやりとしていたのだった。

夕飯はかなり悩む。だってこの暑さの中、ビールが飲めないのは辛すぎる。数少ない酒屋の場所は抑えてあるので、食後部屋で飲むことに。ガイドブックに記載されていた煮込み料理専門のレストランへ。見るとおおおお!持ち帰り用容器があるではないか!そういうわけで、今日はホテルの部屋で持ち帰り料理と、買い込んだビールの宴会と相成りました。

2009515_045 量を把握できてなくて、蓋を開けたら多すぎました(汗)。野菜(ミント、ラディッシュ、漬物)、パンがサービス、ナスと野菜の煮込み、キョフテ(ミートボール)の煮込み、肉入りピラフ(ピラフはトルコが発祥の地です)、そしてシリア名物のチキン。うー、全部美味しい!だけど全部は食べられない~(涙)。ですがビールを飲めたのでよしとしよう。今日も大変に疲れたので、知らぬ間に意識を失っていました。

<旅のお小遣い帳> 1 SYP=多分2円
アンタクヤ:オヌルホテル:75 TL(クレジットカード払)
シリア入国ビザ:24 USD×2人
乗り合いタクシー:10 USD×2人
ホテル前払い:1600 SYP(以下すべてSYP)
昼食:200
コーラ2本:25 ×2本
博物館:150×2
タクシー:25
アレッポ城:150×2
アイス:10
水:15
夕飯:550
ビール:50×3
水:15
(合計:68 USD、3215 SYP)

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2009年5月15日 (金)

5月14日(4日目):イスタンブル~アダナ~アンタクヤ

2009514_0028時半のアダナ行きの飛行機に乗るべく6時にホテルを出る。今日の最終目的地はアンタクヤ。前回の長期旅行ではイスタンからアンタクヤまで2週間かけて移動したけど、今回はアダナまで飛行機で1時間半、そしてバスに乗り換えて2時間半。あっという間でなんだかちょっと拍子抜け。

朝の冷えに震えたイスタンブルから一転、アダナは真夏の暑さ。でも現地の人の言うことには「快適で気持ちいい天候」なのだそうだ。暑いよ!(写真はアダナのバスターミナル)

2時間バスに乗ったら国境の町、アンタクヤへ。アンタクヤはトルコの他の町とはちょっと色合いが違う。キリスト教徒も多いし、アラブ色も強い。人の顔立ちも濃いし、アダナに輪をかけて暑い。真夏の日本の暑さよりもずっと暑いのだった。まだ5月初旬なのにね。

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2009514_013 明日の移動のためにバス会社をあれこれ訪ねたり、両替したりしているうちにあっという間に夕方になってしまった。古いキリスト教会に施されたモザイクを展示しているモザイク美術館への再訪はかなわなかったけれど、大通りから一本奥に入っってみたところ迷路のような市場に出くわしたので却ってよかった。このスークのような市場もアラブっぽい。アンタクヤは国境の端っこにある街だけれど、活気がありとても賑わっている。大好きな街だ。

夕飯は前にも訪れた「アナドル・レストラン」へ。ここではとっても可愛いネギルちゃんとお友達になる。今日の晩御飯は写真の通り。

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付け合せのパン、ハーブ(西洋パセリとミント)、ジャジュク(きゅうりのヨーグルト和え、アンタクヤのヨーグルトはクリームみたいに濃い)。

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アダナケバブ(アダナのケバブ)とタウックソテ(チキン・ソテーとは言うものの焼いた後に煮込んだ料理です)。9年前と同じく美味しい。

2009514_021 ところが、このアダナケバブの付け合せの唐辛子が泣くほど辛くて、しばし気絶する。口直しにバクラワ(パイ菓子のシロップ漬け、トルコ名物のおやつ)を買い食いしました。新しいバクラワはとても美味でした。

さて、明日は国境越え。うまく国境を越えられるでしょうか。

<旅のお小遣い帳>本日のレート1 TL=61.31 JPY、1 SYP=2.07678 JPY)
イスタンブル電車:1.40×2×2人
空港で朝食:13.25
アダナタクシー:15
バスチケット(アダナ→アンタクヤ):18×2人
CITI BANKで300 TL 引出
両替所で399.75 TL→11,950 SP
ビシュネスユ(さくらんぼジュース)のスムージー:1 TL
封筒3枚:0.30
夕食(アナドル・レストラン);35 TL
バクラワ2個:3 TL

(合計:109.15 TL:6691.9865円)

2009514_017 最後に今日のかわい子ちゃん、ネギルちゃん。相変わらず女子に人気です。

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2009年5月14日 (木)

5月13日(3日目):イスタンブル

200905112久しぶりに食べるトルコの朝食。このホテルの朝食はソーセージやケーキがついている分、標準 よりやや高級です。

今日は午前中に日本領事館へ。

200905112_002メトロに乗ったら女子大生にめちゃめちゃ注目される。乗り換えの駅まで4人と話し込み、写真を撮影して(電車の中で!)別れる。昨日もそうだったんだけど、女学生とおじさんに何故か受けがいいのよね。日本と言ったら何を知ってる?と聞くとテクノロジと人ごみ、なのだそうだ 。

200905112_009日本領事館では身元保証のレターを書いてもらう。その後、トルコのお洒落な通りイスティクラルへ。平日にもかかわらず相変わらずの人、人、人。

ジャーミ(お寺)の数が多いので、なかなかビールの飲める店に出 会わない。あっ、休肝日のことはすっかりなかったことになってます(いいのかー?)。昔よく行った店はやっぱりここでも閉店。9年の不在は長い。

200905112_011200905112_012歩きに歩いた結果、金角湾の近くの魚料理店でちょっと遅めの昼食を取る。観光客目当てのレストランの多いなか、リーズナブルな店でした。時間も遅くなったし、今日はサバサンドを食べることに。よくテレビの旅番組で紹介される船上で焼くタイプじゃなくて、いちおう座ってビールの飲めるお店を探す。ビールの値段が高いよ、と愚痴ったら1 TLまけてくれた。うう、とうとうレストランで値引き交渉するようになってしもうた。このお店のサバサンドは味もよく値段も安くてよかった。店からはトプカプ宮殿も見えたし。

そして今日の夕飯。おいしそうで、ビールが飲める店を探していたのですが、結果的に面倒くさくなり、間違いないと思われる昨日の店へ。

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写真左からパトルジャン・ドルマス(ナスのひき肉詰め)、野菜の煮込み、タシュ・ケバブ(羊肉の煮込み)、右写真カルシュック・ウズガラ(ケバブ・盛り合わせ)。みんなトマト味の味付けなのに、味は違うのだな。どれも激しく美味しくて、ノックアウトされた。最終日のイスタン宿泊日にはまた行こう。

<旅のお小遣い帳>1 TL=61.31円、1 USD=1.55 TL
電車:1.40×3回×2人
セロハンテープ:1 TL
昼食: Balik Yemegi(サバサンド)4 TL×2=8TL
Bira(ビール) 5 TL×2=10 TL
買い食い:Bira(ビール)2.50 TL(昨日はボラれてた!)
   Buz Palmak(アイス)0.50 TL
両替所で200 USD→295 TL
夕食: Karsik Izgara 10 TL
Tas Kebabi / 野菜煮込み 2種1皿 6.5 TL
Patlcan Musakka 5.5 TL
Bira 10 TL (合計 32 TL)
本日の合計 62.8 TL(3850.268円)

200905112_016 今日のおやつ。トルコに住んでいた時、今のガリガリ君のごとく毎日食べていたアイス「ブズ・パルマック(氷の手)」。懐かしくて泣ける。

200905112_006_2そうそう、今日の小さな驚き。トルコのマクドナルドは出前もするよ。出前が盛んなトルコでは、出前をしなかったら、やっていけないのだな。

明日は飛行機で国内移動。早起きします。

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2009年5月13日 (水)

5月12日(2日目):ドバイ~イスタンブル

日本時間で11日が終わりそうな時刻にようやく関空を飛び立つ。

今回のキャリアは「エミレーツ航空」。いつもなら直行便でマイルも貯まるトルコ航空を使うところだけれど色々あって。まあいいか。スチュワーデスの制服にちょっとだけアラブの香り。

200905112_005_2 予定より1時間早く、現地時間3時40分にドバイ到着。トランジットが長いのでドバイ入国すればよかったかな。ともかく待ち時間が長くて閉口した。でも空港はアラブの香りが漂う(写真は読めないフライトスケジュール)。ネットにアクセスしたり(空港内はおそらくどこでも無線 LANが使えた)、甥に絵葉書を書いたり、トランジット向け無料レストランを冷やかしたりして時間をつぶす。

200905112_006 そのトランジットレストランでいただいた朝食がこれ。バイキング形式で、メニューは主にアラブ風。印象としてはまさにトルコとインドの中間という感じ。辛くないカレーがならぶ。咳をしている人が近くにいなきゃ、もっとここでまったりしたものを。残念。

ドバイ11:30イスタンブル行きの飛行機に搭乗。そう、今回の目的地はやっぱりトルコ。約9年ぶりの長期旅行なのだ。9年の間にトルコはどれだけ変わっただろうな。

機内では、隣り合わせたマレーシアでイマーム(イスラム教寺院のお坊さん。イスラム教国でイマームと言えばただでさえ偉いお方なのだけれど、海外寺院のお坊さんは大変なエリート)と仲良くなり、帰路でイスタンブルに着いたらぜひに実家のお寺(ジャーミ)にとお招きを受ける。ちょっとだけトルコ語の勘が戻ってくる。できればイマームとはもう少しブラッシュアップしてからお会いしたかった。

そしてイスタンブル到着。大使館情報によると機内検疫を行うという話だったけれど、検疫は税関前に設置された机に3人ぐらい担当者がいて、モニターを(しゃべりながら)見ていただけ。モニターをちらっと覗いたら、みんな真っ赤に写ってましたけど! こうして皆、未感染。

200905112_012 9年の不在の間に新設されたメトロを乗り継ぎ、宿を取った観光名所「スルタンアフメット」に向かう。宿は「スルタンアフメットジャーミ(ブルーモスク)」近くのVezir Hotel。着いたばかりなので三ツ星。三ツ星と言えど、日本の感覚としては安価し、トルコではちょっと高価というランクのホテル。地方だと同じタイプで値段は半額くらいになる。

部屋に到着し、シャワーを浴びて久しぶりのイスタンの街を歩く。 名所旧跡を既に何度も訪れた私たちはそこまでイスタンブルに思い入れはないはずだったいのだけれど、それでも久しぶりのトルコの街のたたずまいや、空に映えるジャーミには感激して泣きそうになる。

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にこにこしながら歩きにくい石畳を歩くと、色んなトルコ人が声をかけてくる。ほとんどは絨毯屋かレストランの客引き。でも時々、かわいい女子中学生に囲まれたりもする。東洋人はやっぱり珍しいし、トルコ語で会話できる人はやっぱり少ないから。写真取ってもいい?きゃー私も私も。到着初日で20人くらいとキスをした。

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泣きそうになったり、にこにこしたりしながらスルタンアフメット近辺を3周くらい歩く。2時間歩いたから約10km、寝不足なのに元気だ。そして今日の夕餉が決定。イスタンブルの特に観光名所では観光客向けのレストランが多く、その多くは味も値段も満足できないことが多い。今日はお目当てのレストランが閉店していたので、新規開拓したお店。

200905112_026 空腹を極めてたどり着いたシルケジ駅近辺の「Et-is(エティシュ)」。ケバブも煮込み料理もスープ(チョルバ)もある。やっぱりトルコのご飯はロカンタ(食堂)だわよ!ジャーミ(寺)のそばだからビールは出せないのだけれど、お願いして2階席でビールを出してもらう。トルコ料理の味付けは塩。その塩加減が絶妙で美味しい。

200905112_025 今日のメニューはチョバン・サラタス(羊飼いのサラダ)、ウズガラ・キョフテ(ミートボールの盛り合わせ)、キレミッテ・タウックシシュ(鶏グリルのトマト煮込み)。食事だけで15リラ(900円)、ぎょえ安すぎる。ビールはイレギュラーなので500ml×2本で10リラ(600円)、それでも日本の感覚よりもずっと安いね。初日でいきなりどかーんと美味しい夕ご飯でした。

200905112_029_2そしてここでも店のおじさん達と仲良くなってお土産のボンジュク(下記写真)を頂き、また来るよーと約束して店を出た。はあー、トルコ旅は初日から熱いのだった。 帰りにバッカル(商店)でビール(3リラ)とおやつ(ゴマつきクラッカー。これがまた美味しいのだ)を買って、ホテルへ。ビールを二口飲んだところまでしか覚えてない(汗)。

<旅のお小遣い帳>1USD=96.39円、1TRY=61.67円

空港:絵葉書+切手 代:1 USD空港:絵葉書+切手代:1 USD
空港バーガーキング:コーラ:2 USD
日本円20,000→303.75 トルコリラ(空港AKBANK)
メトロ:ハワリマヌ~ゼイティンブルヌ:1.40×2人=2.80
メトロ;ゼイティンブルヌ~スルタナメ:1.40×2人=2.80
夕飯:Et-is: Bira 5.0×2本
     チョバンサラタス(羊飼いのサラダ)3.00
     ウズガラ・キョフテ(ミートボールのセット)6.00
     Kiremitte Tavuksis(トマト味チキン煮込み)6.00 (合計25.00)
バッカル; Bira 3.00
     Susamili Kraker (ゴマつきクラッカー)0.50 (合計3.50)

合計:34.10 TL(2102.947円)+3 USD(289.17円)

それにしても長いなあ、旅日記。続くかしらん。

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2009年5月12日 (火)

5月12日(2日目)ドバイ空港

ただいまドバイ空港です。前の記事に返信を試みていますが、なぜかアクセスエラーが出てしまって、コメントがかけません。なぜ自分のパソコンなのにアクセスできんのじゃー(涙)。

まさじちゃん、hisaさん、つーさん、まことさん、コメントありがとうございます。また電源のあるところからアクセスします。

そういう訳で無事ドバイまで来ています。ドバイでは検疫なし。これからトランジット向けのレストランを冷やかしてきます。

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2009年5月11日 (月)

5月11日:1日目は関空

20090511_001ボンバルディア社ダッシュ8に乗って関空へ。プロペラ機です(ちと怖かった)。

これから旅に出ます。今回の旅にはパソコンを持参していますので、旅先から状況報告します。旅のあれこれ、楽しいことを報告できるといいな。

20090511_002夕飯は軽く点心セット@551蓬莱。

では、行ってきます!

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