15.06.2010

5月14日第7日目アンマン~ダマスカス ぼったくりとの戦い、そして麗しのダマスカス

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今日はヨルダンを離れてシリアに入国する。宿でおおまかな情報を入手して、ツアーやタクシーではなく自力で行くことにする。その方が断然楽しいし、価格も恐ろしく安いのだ。宿が主催するツアーだとダマスカスまで100 JD(13500円)。

宿の簡単な朝食を取って出発、ファラーホテルのおじさんはどこまでもいい人、両替した時に渡したお金が少なかった、と追いかけてきてくれた(そんな正直者はヨルダンで初めて会ったよ)。写真はファラーホテルの入口。

だけど闘いはここから始まった。セルヴィス乗り場からムジャンマ(バスターミナル)行きのセルヴィスに乗ろうとすると男たちがやってきて3JDだという。そんな値段じゃないでしょーまったく、と正規価格(0.5JD)のセルヴィスを捕まえる。

Img_4681正規価格のセルヴィスの運転手が「ムジャンマからどこに行くんだ?」と聞くから「ラムサ(第1乗換えポイント)だ」というと「今日は金曜日でセルヴィスはいない。俺が30 JDで行ってやるよ」ときた。そして閑散とした場所に車を止めて「ムジャンマだ、ほら車いないだろ」という。あのーここはムジャンマですか?(実際ムジャンマは道を隔てた向こう側だった)。お断りしてムジャンマに向かう。危うく情報がなければ運転手の話を鵜呑みにしてしまうところだったよ。

ムジャンマではこれまた「どこ行くんだ」「ラムサ」「30でどや」「話にならん」「そんなら20は」「いい加減にしろー」というやり取りをあちこちで繰り返し、ようやくラムサ行きの正規セルヴィスをつかまえる。ところが元締めが出てきて運賃2JD以外に荷物代1JDを取るという。「荷物代だなんて、そーんな話は聞いたことないよ!!嘘でしょ。絶対払わんぞ」と主張したらニヤニヤして「ふふ、荷物代はいいよ」という。まったく、どいつもこいつも。

ラムサまで乗せてくれたドライバーはいい人で、次はシリアのダラーに行くというとラムサで知り合いのセルヴィスを紹介してくれた (これまでと同様、あちこち声をかけられたけど、もう話を聞くまでもないよ)。陸路国境を越えてダラーまで3JD。正規値段は安いのよ。

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セルヴィスでは土地の人と乗り合わせて、いろいろと話したりしながら移動するのがすごく楽しみだ。お互いに少ない語彙を使って、それでも仲良くなれるから不思議。

ラムサからダラーまでは数キロ。だけど途中の国境がけっこうややこしい。

問題はヨルダン出国よりもシリア入国だ(そういえばヨルダン出国税5JD不要だった。何故だかはわからない)。アラブ人だと問題なくさっと入国できるけど、日本人やヨーロッパ人(米人はシリアには入国できない)は恐ろしく時間をかけて、そして結構な入国税(24ドル)を取られる。

あまりに時間がかかったため、乗り合わせた女性のうちのおばちゃんはあまりの待たされように怒って車を出て一人で去ってしまった(ご、ごめんよ)。

何か嫌がらせのように時間のかかった入国もどうにか済ませて車に乗り込む。ゲートをくぐると、いきなりサダト大統領親子の大きな写真があちこちに貼られている。シリアだ!

ダラーのバスターミナルで遺跡の町ボスラに行こうかと悩んだものの、宿が高級ホテルひとつしかないことがわかったので、急遽ダマスカスに行くことにする。80SP@(シリア国境で両替しておいてよかったよ!)。2時間ほどでダマスカス到着。わーい、憧れのダマスカス!

Img_4684(考えて見るとダマスカスまでJDに換算して6.3JDだった。ケチっているつもりはないけれど、ふんだくってやろうと虎視眈々としたヤツらの思う壺にはまるのは癪に障る。どーだ、参ったかという気分。重要なのは事前の情報収集だ。相場の値段を仕入れておくことが重要だと改めて思う。

ダマスカスのバスターミナルから市内バスに乗って市中心地を目指す。気づくと中心地を過ぎていて、親切な男性がわざわざ私たちのためにバスを降りて「俺についてこい」と中心地までつれて行ってくれる。ううう、ありがとう。シリアではこういう親切な人に出会うんだよね。写真はその親切なマンゼル君。

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お礼に拝み倒してジュースを一緒に飲んでもらい(ここでも彼は自分が払うと言い張った。断固としてお断りしたけれど)、お別れして、宿を探す。

ところが地図を見てもなかなか現在地を把握できない(こんなの初めてだよ)うえに、ようやくたどり着いた宿でも何故だか部屋がまったく見つからないのだ。行けども行けども満室。

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2時間以上宿を探してようやく空室を持つ宿にたどり着いた。ザハラ・ホテル。部屋を見せてもらうと暗くて臭い。聞けば激安(800 SP=1600円)すぎる。これぞ安宿の部屋!という感じで何とも情けない。他に部屋がないのかと聞くと、もう少しマシな窓際の部屋(1100 SP)を見せてくれた。あまり綺麗ではないけれどもう他に選択肢はないのでその部屋に決める。これ以上宿探しをするガッツなんてないのだ。宿の向かいに酒屋はあるし。

それにしてもまず800 SPの汚い部屋を紹介される私たちはやっぱり貧しく見えるのでしょうか(笑)。ちなみに翌日こっそり見に行った隣のホテルも空室はあれど、さらに素敵(!)なホテルでした。ザハラホテルにはクーラーがあるだけマシだわね。

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部屋はこんな感じ。写真にしてみると実物より綺麗に写ってしまうのが謎だなあ。


チェックインして、ビールを買い込み部屋で飲み干して、夕方近くなった町に出る。
闇の両替屋で「これでどや」「安すぎる」とやり取りして残りJDをシリアポンドに両替し、旧市街へ。

金曜(イスラム教の休日)なので、スークの店は閉まっているところが多いけれど、休日を楽しむ人で溢れている。世界屈指の歴史を持つと(715年建立)といわれるウマイヤッド・ジャーミへ。明日スカーフもって中に入れるといいな。アンマンでは3歩で「ノー、ノー、ウーマン」だったしね。

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ジャーミの前ではクラシックの演奏会も開催されていて休日気分。写真を撮っていると「私も写して」と人懐っこい。

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休日の夕暮れ時の楽しい気分に便乗しつつ、夕飯調達。気づくともう8時だ。

アラブ料理の店でサラダ類を調達し、宿のそばの有名なチキングリルでハーフサイズのチキンを買い、ビールを買い込み、部屋へ。

ああああ!これがシリアご飯だ。やっぱりご飯はシリアだ。ヨルダンでは食事に不満が多かったのだけれど、シリアのご飯は一発目から大満足。野菜もふんだんで、味もいい。

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こうして酔っ払って今日も暮れていく。
(ちなみに、このビールはアルコール度数14%、ビールの美味しさはアルコール度数でははかれない、ということを学びました…)

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12.06.2010

5月13日 第6日目アカバ~アンマン

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宿代には朝食は含まれていなかったので、朝の散歩がてら朝食を取ることにする。昨日ファラヘルを買った店でサンドウィッチを買い、町のおじさんたちが集うカフェでチャイを飲みながら食す。この店は野菜メニューのみを扱うレストランだけれど、このサンドウィッチもとても美味しかった。朝から町の人も集っていた。

アカバのチャイにはフレッシュミントがどさっと入っていてとても美味しい(写真では見にくいですね)。やっぱり暑い町の食べ物は涼しくなるような工夫がされているな、と感心する。

Img_4654アカバでは紅海で海水浴をしようと思っていたのだけれど、情報によるとビーチでは女子が水着になれるような雰囲気ではないらしい。あきらめて町を散策することに。

まず、アンマンへ戻るチケットを買う。乗客が満員になるまで待つ安価なアーディではなくて、定時出発のジェットバスに乗ることにする。事務所までてくてく歩き、チケットを買う。これでエジプト行きという選択肢はなくなってしまった。ちょっと行って見たかったけど、ガイドブックはおろか、情報のひとつもないのだからエジプト行きは無謀というものか。

Img_4652ジェットバスのオフィスから町なかに戻る途中、遺跡(イーラ遺跡)を発見。言われなければ見逃すような地味な遺跡だった。このあたりはきっと、掘ればざくざくと遺跡が出るのだろう。

遺跡を出るとビーチ。確かに水着女子はまったくいない。若い男性と子供が遊んでいるだけ。うーん、これではやっぱり泳げなかったな。水はかなり綺麗、海水浴愛好者の私としては泳がないのは至極もったいないと思う。それにここは、初めて見る海、「紅海」なのだ。ああ、泳ぎたかったな。

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ここでもグラスボートに乗らないかというアプローチがすごい。1時間30JDでどや!という誘いに「話にならん」と返すとだんだん値を下げて「じゃ3JDにするよ」1/10の値段に落とせるって元値はいったいどれだけふんだくってるんだ。海水浴を取りやめた分、グラスボートに乗ってもいいかな、と思ったけれど、あまりのふんだくりように気分が萎えたので取りやめ。

Img_4667水辺を歩くうちにどんどん陽射しが強くなる。さらに水辺を南下して、町のはずれにあるアカバ要塞へ。10世紀初頭にマルムーク朝君主が建設したらしい。確かにここは海の要所だ。要塞の上部に登って見下ろすとビールの缶が…。町の酒屋で買ったビールを家では飲めずここでこっそり飲む人がいるのかと想像する。

さあ、私たちもビールを飲んででかけよう。アカバの冷たいビールを飲み干して、バスに乗り込む。

アンマンまでは4時間。砂漠を抜ける道中を楽しみつつ、懐かしいアンマンに戻る。見知った町に戻るのは何とも安心感がある。

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宿も前回のファラーホテル(ペトラ滞在時にメールで予約をいれておいた)。荷物を置き、いつも通りにビールを買い込み、そしてテイクアウェイでご飯を買い込む。今日はファラヘルが有名なお店と、美味しいと評判のイラーキ(イラク)レストラン。テイクアウトのシュワルマ(ドネル)を注文したらサンドヴィッチになっていて、サラタたっぷりねとお願いしたらポテトフライがどっさり入っていたけど(汗)、味は美味しかった。

アンマン最後の夜も美味しく酔っ払った。
朝食サンドイッチ 0,5@
チャイ(ミント入り) 0.5@
Jett bus(~アンマン) 7.4@
要塞   1@
ビール   2
ビール   7.5
ファラヘル  0.5
チキンシュワルマ 2.5

ちなみに、ファラヘルの中身はこんな感じ。中身はグリーンピースかな?えんどう豆かな?

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更新途絶えていました

旅行中、無線LANの調子が今一歩で、特に画像アップロードにおそろしく時間がかかったうえに、ココログが不調だったこともあり、旅の記録の更新が途絶えてしまいました。

無事に帰国しました。旅日記はこれから少しずつ更新いたします。

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17.05.2010

5月12日 第5日目ペトラ~アカバ

ヨルダン最大の楽しみはこのペトラ遺跡。朝からウキウキだ。

お弁当を持っていこうと思っていたのだけれど、暑い中悪くなるかもしれないと同宿のフランス人に言われて、パンとチーズの簡単な食事を持参することにする。

ワディ・ムーサ中心部からペトラ遺跡までは徒歩20分(どのくらいかかるか訊ねると皆口々に違う数字を答える)。

入場料は33JD。最新版(2010~2011年)の地○の歩き方には20 JDと書いてあるので、まったく情報はあてにならない(もしくは値上がりがすごいということか)。

土漠を抜けて、断崖絶壁の間をすり抜けると突然、映画「インディ・ジョーンズ」で有名になったローズピンクの神殿「エル・ハズネ」が姿を現す。その壮大さに息を呑む。

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この遺跡を抜けてからも、円形劇場や祭壇、墓などの遺跡が延々と続く。大きな山ひとつを町にしたという印象。

柱廊遺跡を抜け、山頂にあるという最後の遺跡、エド・ディルを目指す。ロバ引きのアプローチがすごい。山頂まで1時間かかるという。出くわした3人のインド人美女に「ねえ、やっぱりロバ必要?」と聞くと「ぜええええったい、乗った方がいいわよ。私たちは交渉して7JDにしてもらったから、絶対7JD以上払っちゃだめよ!」とのお答え。よし、それならと次にアプローチしてきたロバ引きが提示した10JDを5JDに交渉成立。やたー。

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実際、ロバがないと大変な道のりだった。急な坂道や段差の大きい階段、手すりもなく眼下は断崖。人力で登るのは大変だ(ビーサンだし)。実際、ロバの背にまたがってその坂道を登るのも怖かった。手綱を握る手が筋肉痛になるほど、スリル満点の登山だった。

そうして登った山の頂にあるのがエド・ディル、修道院跡らしい。見物に登るだけでも肝をつぶしヘロヘロなのに、こんな巨大な建物を作ってしまう人間の英知と根性に呆れるのだった。

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下山し帰路につく。途中、昨日ペトラへの道中を御一緒した仲間とばったり会う。今後どうするのかと聞くとカトリーナ(仏人)は私たちと同じくアカバに行くという。タクシーを数人でシェアするらしい。え、私たちはバスのつもりなんだけど、バス使えないのか?と不安がよぎる。

とりあえず肌を焦がし、暑さに倒れそうになりながら宿に戻り、ビールを飲んでバス乗り場へ。荷物を引きずりながら歩いていると「どこ行くんだ?」とおじさんが声をかける。バス乗り場からマアーン経由でアカバに行くんだというと、バスはない、と言う。ええええ!「俺が30JDで乗せていってやるよ」「それ高いよ」と問答を繰り返しているとミニバス登場。「アカバに行きたいんだけど、マアーンかアカバに行く?」と聞くと「マアーンに行くから、マアーンで乗り換えたらいい」と言われて一件落着。おじさんのアラブビジネスに貢献することなくバスに乗ったのでした。ちなみにバス代は全行程(アカバまで)3 JD。ふふふ。後にアカバで会った友達(カロリーナと一緒にタクシーに乗ったエリック)に驚かれました。えっへん。

アカバはヨルダン南端の町。紅海を隔ててイスラエルの地が見える(行かないけど)。経済特区らしくビールが半額の1 JD(135円・500ml)。安いー!いやどれだけ税金高いんだ。酒屋も数軒見つかる。レストランは相変わらずアルコールなしだけど。

散歩して、夕飯をテイクアウェイして、ビール片手に部屋に戻る。

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アカバは南部の町だからか、食べ物がスパイシーでとても美味しい。今までヨルダンで食べたご飯の中で一番美味しい。ビールもキンキンに冷えているし、幸せな夜となりました。

パン 0.10
チーズ0.75
ペトラ33@
ロバ5@
ビール5@
バス(ワディ・ムーサ~マアーン) 1@
バス(マアーン~アカバ) 1@
ビール4本 4
夕飯ファラヘル 0.25
サラダ  0,5
チキン  2.0

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14.05.2010

5月11日 第4日目遺跡ツアー~ワディ・ムーサ

今日は宿が主催するツアーで、ぺトラに移動しながら各名所旧跡を巡る。

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7時に朝食。さすが安宿の朝ご飯、おそらくこれがヨルダンで最低限の朝食と思われる。トルコだと、最低限の朝食ではこれにトマトとキュウリがプラスされる。ヨルダンの食事は生野菜が少ないよ。

ツアー参加者は8人、アメリカ人、パキスタン系カナダ人、フランス人、デンマーク人と国際色豊か。

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ミニバンに乗りこんで、まず目指すはネボ山。ここはキリスト教の聖地らしく、欧米人(フランス人率高い)がうじゃうじゃ。モザイクが多く残されていて、展示物も豊か。山頂から死海が見えるそうなんだけれど(写真右の山頂からの方向図)、砂煙が激しくてまったく見えず、残念。そもそも死海ツアーに参加したかったんだけど、欧米人に人気がなくてツアーが催行されなかったのだ。ああ、死海(未練たっぷり)。

ネボ山を降りたらマダバへ。ここでもセント・ジョージ教会へ。この教会はギリシャ正教らしく、やはりモザイク画が残されている(そしてここもフランス人がうじゃうじゃ)。

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ワディ・ムジブは峡谷。スケールの大きい谷底に目を回す。このあたりからツアー客がだんだん仲良しになる。

峡谷を抜けたらカラクの町へ。迷子になりそうな迷路状で広大なカラク城をあちこちと堪能する。併設の博物館は日本のODAによって建設されたものだった(今まで見た博物館の中で一番立派)。

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お昼は、ツアーで勧められた外人向け高価レストランはやめて、市中の食堂へ。探しに探して見つけたショルバ(スープ)屋でオクラのスープ(赤)とクフタ(ミートボール)(白)の食事、4JD。ちと高い。外国人価格かな。

食事を済ませてバスに戻り、次はワディ・ハサという峡谷。だんだん皆、峡谷にも飽きてくて車から降りもしなくなる(笑)。

ダーナ(ここも峡谷)でとりあえず車を降りる。確かに美しいけどね(もったいないことですね)。

最後はショーバクという城跡。遺跡ハンターはやっぱり遺跡には燃えるわけで、ここはしっかり見学しました。十字軍の城跡らしいのですが、ローマ時代の遺跡よりも作りが雑。そういう違いも含めて楽しめました。

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ペトラ遺跡から最も近い町、ワディ・ムーサに着く。ああ、もうビールを飲なまくては。

宿は、地○の歩き方やネット情報で「ピースウェイホテル」という宿に決めていた。リーズナブルで設備も万全、ビールを出すレストランが併設されているというのだ。ところが、行って見たらエアコン、冷蔵庫がない。まあ、ビールのあるレストラン併設だし、とチェックインした後にレストランはClosedだという(えええ!)。他にビールが飲めるところはないのかと聞くと「エルジーホテル」で飲めるという。早速出かけてみるとビールはものすごく高価(日本円にして500ml 650円)だけど、宿も綺麗で感じいい。こっちの宿にしとけば良かったなあと後悔しながら宿に戻ると、テレビもファンも壊れているし、壊れてるって言った言わないのトラブルになり、最終的には宿を出ることに(ええええ!)。

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結果的にエルジーホテルに泊まることになって一安心。だけど、アラブの宿では備品の可否をちゃんと確認してからチェックインすべき、と学びました。

ワディ・ムーサの夜の町は活気があり、人々が町にあふれている。全然空腹ではなかったのだけれど、とりあえずアラブご飯を食べて、宿に帰ってビールを飲んで一日を終える。宿問題がなかなかシビアだったけれど、泊まれる宿があってよかった。

写真は町でいっぱい見かけるヨルダン国王アブドゥッラーII世。色んなバージョンの写真が飾られている。

さて明日は楽しみにしていたペトラ遺跡。

宿代 28+2(ネット)
ツアー 25@
ネボ山 1@
カラク城 1@
昼食 2
宿代(Elbee) 25
夕飯 3@
水 0.5(1.5L)
ホールズ 0.75

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11.05.2010

5月10日 第3日目アンマン

昨夜8時に寝たお陰で早朝より目が覚める。朝食の前に宿のそばのジャーミ(モスク)、そしてその向かいに(喧嘩売ってるがごとく聳え立つ)キリスト教会を眺める。ヨルダンはイスラム教オンリーというわけじゃないらしい。予想外に。でもビールはない(涙)。
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左がキリスト教会、そして右側がイスラム教のジャーミ。本当に道を挟んで向かい合っている。ジャーミの写真が小さかったけれど、実際はとても大きな建物です。

そしていずれも夜はライトアップされる。やっぱり対抗してるのかもね。

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宿の朝食は豪華。だけど欧米人向け。アラブ食はちょっとだけ。そのちょっとだけのアラブ食が美味しかった(ハムの下にある野菜のトマト煮とパンの隙間にある謎の揚げ物。これ何?と聞いてみたけど名前は覚えられなかった。これがないとヨルダン人は死ぬらしい 笑)。洋風なレストランだというのに、ビールはないんだよね(しつこい)。

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今日はこの宿を離れて、昨日予約を入れたダウンタウンの安宿へ。今度の宿は安い割には設備充実、ネットも部屋でちゃんとつながるし、設備充実、清潔だし、場所もよくてなかなかヒットでした。近頃の安宿はがんばってるな。

宿を出て両替し、ビールと昼食を買い込み、部屋でご飯。レストランにビールのないこの国ではもうこれがデフォルトかもしれないな。

食事を済ませると外はじりじりと暑くなる。ちょっと休憩がてらネットにつなげ、iPodでネットにつなげたり、インターネットラジオottavaを聴けることに感激。ビバ無線LANである。

そう、今回2010arabturkiye510_011は無線LANにつなげる目的で出発の数日前にiPod touchを購入したのだ(iPhoneじゃなくてiPodね)。こんな小さな機械でネットにつながるだなんて!嬉しさのあまりottavaにリクエスト曲をメールして、かけていただく。ああ、なんて幸先いいんだ。残念なのは、iPodでは写真を取り込む際にPCが必要になること。つまり、ここのブログに写真をアップするにはやっぱりPCが必要になるってこと。iPodがPCを使わず写真を取り込める(撮影できる)ようになると、旅のツールとしては最強と思う。

食事はやっぱりテイクアウト+部屋ビール。やはりトマト系のアラブ料理が美味しい。そして、ヨルダンのビールは美味しいです。なかなかレストランではお会いできないけど。

休憩の後はアンマン城(Amman Citadel)へ。目の回るような階段と坂を登るとアンマンの中心部に位置する山城で、古い遺跡の町が残されている。城からは白く砂に煙る町が一望できる。古くここに住む人たちもこうして町を眺めたのか、と胸をじんと熱くする。併設の考古学博物館の展示物も興味深いものが多く、この山頂に作られた石の町のことをしばし考える。

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よれよれになって城からダウンタウンに降り、次は夕暮れの散歩に最高という「ジャバル・アンマン」という地区を目指す。実にアンマンは山と坂のなかの町なのだ。ダウンタウンは谷にあたる場所に位置し、文字通り低い場所の町だ。そして、ジャバルアンマンは坂の上にある。坂道や階段を上り詰め、ジャバル・アンマンに到着。新しくお洒落な店ができた街らしく、カフェだらけ。そして若人が集う町だった。

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ダウンタウンに下りると8時前、さて夕ご飯。ヨルダンの人は朝/昼のご飯を比較的遅い時間に取るらしく、レストランは5時に閉まるところが多い(何ですと!)。見つけ出したお店でテイクアウトし(やっぱり店でビールは提供しない)、部屋で冷やしておいたビールとともに夕食。美味しいお店のテイクアウトなので味はいいんだけど、やっぱり味気ない。ビール優先とは言え、だんだんさびしくなあってきた。うーん、明日はビールのあるレストランにめぐり会いたいぞ。ちなみに、今回はケバブ、それからチキンとマッシュルームのハーブ(+チーズ)焼きが美味しかった。

明日は移動します。

旅のお小遣い帳は後で追記します。

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10.05.2010

5月9日 第2日目アブダビ~アンマン

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実は北京では待ち時間1時間のはずが3時間ほど飛行機が動かず、アブダビ到着時、既にアンマン行飛行機の離陸時間までわずか10分しかない状態で肝を冷やした。どうにか乗れたけど。いや本当は乗れなくてアブダビ滞在となってもよかったんだけれどね。

アンマンまでは3時間。アブダビまでの長い道中と比べたらあっという間。到着した「クイーン・アリア国際空港」は15年前のアタチュルク国際空港(イスタンブル)とそっくり。

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そしてアンマン自体がかつてのトルコを彷彿とさせるホスピタリティだった。バスに乗るにも、セルヴィス(乗り合いタクシー)に乗るにも、町を歩くにも「ウェルカム!」「ハロー!」の連続。ああ、そういえばシリアもそうだった。かつてのトルコがそうだったと思うということは、ひょっとするとトルコはもうアラブのホスピタリティを忘れてしまったのかもしれない。そんなことを考えながら宿に着く。

トレドホテル。初日だけネットで予約した中級ホテル。まあまあかな。

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荷物を置いてダウンタウンを目指す。やはり中東の町、陽射しはじりじりと肌を焼く。聞けばちょうど初夏の暑さが始まったらしい。渡航の疲れと気候の差で疲労困憊し、セルヴィスを使わなかったことを呪いながら徒歩20分でダウンタウンへ。

明日の宿を決め、市場へ。やはりここも野菜が美しく、そして大きい。つやつやで存在感のある野菜が並ぶ。そして市場はいつも活気に満ちている。

足は痛いし、暑くてだれるので果物の生ジュースで休憩。0.5 JD(65円)は現地では贅沢じゃあるまいか。

今回の旅ではこともあろうかスカーフを忘れたので露天で美しい若草色のスカーフを買う。値切って2 JD(270円)。これはいいお買い物でした。

写真は市場あれこれ

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つやつやズッキーニ

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なすびぷりぷり。バナナは枝つき。

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ぶどうの葉。そしてついでにゴマパン。

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スカーフを被って「アル・フセイン・モスク」へ。どうぞ、と言われて中に入ったけれど、3歩中に入ったところで「女子はそこまで」と言われて断念。ちぇ。ジャーミのしきたりも国によって違う。

気を取り直して、ニンファエウム(妖精ニンフの噴水があるという遺跡)、ローマ劇場(この地域の劇場はいずこも同じだけれどいずこも感動する。ここは結構規模が大きい)、そして隣接する博物館2つ、そしてコンサート会場だったという「オデオン」を見る。

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いずこでもいずこでも、片言のアラビア語が役に立つ。ここでは珍しいアジア人顔だからかな。喜ばれると私も嬉しい。そして旅は楽しさを増す。

2010arabturkiye59_033しかし! 問題はここでもやっぱりビールだ。ビールがない!のだ。店にも、レストランにも。散々歩き回ってようやく1軒だけリカーショップを発見。今晩は疲れているし、ここでビールを買って、宿の近くで買い食いして夕食にする。

チキンの丸焼きはシリアだけでなくここでも人気らしい。この丸焼きのハーフ(2 JD=270円)と、野菜料理のミックス(鳥、ソーセージ、ひき肉、レバーなどと野菜を使った料理、2JD)、ピラウ(炊き込みご飯 1JD)を買って宿で食す。いずれも美味しく舌鼓を打つ。これでビールを飲めたらねえ(ため息)。あと、ホムス(パン)がついてきたので、ピラウは不要でした。

腹もくちくなり、8時過ぎから泥のように眠ったのでした。

旅のお小遣い帳
Exchange $200 → 140 JD(including fee 4 JD)
Shuttle bus 3 JD@
Service(Bus station → Abdali) 0.5@
Juice  0,5@
スカーフ 2
ローマ劇場 1@
service  0.3@
夕飯  5
水  0.2
ビール  5.5
残金  112.7

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