絶景に呆然
昨日ようやく九州北部地方も入梅しました。例年よりも多分10日以上遅れた入梅となりましたが、途端に大雨の兆し。遅れたものの、やっぱりここの梅雨は男性的です。
さて、前回の記事の続きです。早々に自転車を降りたものの、この旧泉村の自然を目の当たりにして帰宅するには勿体ない。ということで、次のサイクリングコースの物色を兼ねて車で散策にでかけました。
まず自転車から見上げたつり橋へ。うへ~、高い(←高所恐怖症)。
右側の写真はつり橋から村の眺めた風景。このあたりは村の中心部にあたるので護岸工事もなされているし、親水公園もあり、やや人工的。そう、ここはまだ序の口だったのだ。
そして自転車で走った坂道をもう一度登り、私がたどり着けなかった「子別峠」へ。この峠は「五木の子守唄」で知られる五木村と泉村とを結ぶ最後の峠。写真の説明を引用します。
『この峠は「こべっとう」と読む。五木村の北部、五家荘久連子(ごかのしょう くれこ)と八代・熊本平野を結ぶ古くからの交通の要衝で、南の大通峠・番立峠とともに人吉藩の番所が置かれていた。
かつて、五木の娘達は7~8歳になると町に奉公に出されていた。その出発の日に、親はこの峠まで子供を送り、娘の身を案じて別れを惜しんだという。また南北朝時代に征西将軍 懐良親王が五木の里に一時身を隠されたが、親王に従って都に上るものと残された妻子がこの峠で別れを惜しんだので、その後「子別れ峠」と呼ばれるようになったという伝承もある。』
なるほど、この峠がなぜか広々としているのは、かつて番所が置かれていたからなのか。でも、もう人の気配はまったくない。
峠を下るとどんどん山深くなる。そして急勾配。道沿いに椎茸の養殖場は点在するものの、その奥は深い深い森。聞こえてくるのは鳥の声だけ。
車の前で何かが動いた。
えっ?
これは?
野生の鹿だー!!!!
んもう、びっくり仰天。野生の鹿に出っくわすだなんて。都会の真ん中で生まれ育ったオットは大興奮。いや根っからの熊本県人の私も度肝を抜かれました。
野生の鹿に出会えるだなんて何たるラッキー。こんなこと有り得ないよね。と大喜びの私たちの前に、鹿は次々と姿を現す。歩いている人よりも鹿の方が多いよ(驚)。
胸をドキドキさせながら走るその道もやっぱりもの凄い。峠から急降下したと思ったら、また上り坂。いくつも峠を越える。
落人たちはこんな山奥に落ち延びてこなければならなかったのか。現代ですらこの村に足を伸ばすのはこんなに大変だというのに、車もなく、道も整備されていない時代にどうやってこの道を歩き、そして暮らしていたのかと思いをめぐらす。
目の前に連続的に現れる絶景に圧倒され、時折現れる鹿に度肝を抜かれ(そういえばキジもいたぞ)、すっかり私たちは魂抜かれた状態に。ふー、すごすぎる五家荘。
実は私、この旧泉村五家荘を1泊2日くらいかけて自転車で周遊しようかと目論んでいたのだけれど、1泊2日くらいじゃ到底無理だということが判明した。何しろ峠が多く、そして高いのだ。おまけに、急勾配というのにガードレールがな~い(高所恐怖症にとっては致命的であります)。
だけど、時間をかけてこの山々を訪れてみたい。もうすっかり私はこの山々に魅せられてしまった。長いこと熊本に住んでいて、熊本のことを何でも知っているような気でいたのだけれど、この自然の素晴らしさを知らなかっただなんていやはや熊本県人として全く二流だったよ。
そして自然の美しさとともに、怖さも味わうことになる。昨年の台風の被害で帰り道となる主要県道は全面通行止めとなっていた。地図を見ながら迂回路を走っていたのだけれど、急な勾配とつづら折れた坂道に予想外に時間を取られたり、行き止まりを引き返したり。
もちろん山の道には灯りはなく、暗くなってからあのガードレールのない急勾配の坂道を車で降りていくだなんて、想像するだけで気が遠くなる。急がなければ(でも怖い)。山の道と国道とが合流する峠に辿りついたのは、もうすぐ陽が落ちそうな夕方だった。ふう~、万事休す。9時をまわってようやく自宅に帰りついた。
絶景に次ぐ絶景を目の当たりにした私は茫然自失状態だ。目を閉じてもあの山の緑が次から次と私に迫ってくる。オットもすっかり魅了されたらしく、これまで登山にまったく興味を示さなかったというのに「今度、登山もしてみたい」とつぶやいている。しめしめ。これから自転車+登山というスペシャルコースを堪能しちゃうぞ。
自転車に乗って峠でへろへろ、そして絶景に圧倒された激動の一日はこうして終了。今日のお土産は五家荘の名物「とうふのみそ漬」と産直野菜。とうふのみそ漬はカマンベールチーズのような味わい。米焼酎でまったりいきました。
おまけ。








































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