2008年6月11日 (水)

絶景に呆然

昨日ようやく九州北部地方も入梅しました。例年よりも多分10日以上遅れた入梅となりましたが、途端に大雨の兆し。遅れたものの、やっぱりここの梅雨は男性的です。

さて、前回の記事の続きです。早々に自転車を降りたものの、この旧泉村の自然を目の当たりにして帰宅するには勿体ない。ということで、次のサイクリングコースの物色を兼ねて車で散策にでかけました。

まず自転車から見上げたつり橋へ。うへ~、高い(←高所恐怖症)。

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右側の写真はつり橋から村の眺めた風景。このあたりは村の中心部にあたるので護岸工事もなされているし、親水公園もあり、やや人工的。そう、ここはまだ序の口だったのだ。

Img_1897そして自転車で走った坂道をもう一度登り、私がたどり着けなかった「子別峠」へ。この峠は「五木の子守唄」で知られる五木村と泉村とを結ぶ最後の峠。写真の説明を引用します。

『この峠は「こべっとう」と読む。五木村の北部、五家荘久連子(ごかのしょう くれこ)と八代・熊本平野を結ぶ古くからの交通の要衝で、南の大通峠・番立峠とともに人吉藩の番所が置かれていた。

かつて、五木の娘達は7~8歳になると町に奉公に出されていた。その出発の日に、親はこの峠まで子供を送り、娘の身を案じて別れを惜しんだという。また南北朝時代に征西将軍 懐良親王が五木の里に一時身を隠されたが、親王に従って都に上るものと残された妻子がこの峠で別れを惜しんだので、その後「子別れ峠」と呼ばれるようになったという伝承もある。』

なるほど、この峠がなぜか広々としているのは、かつて番所が置かれていたからなのか。でも、もう人の気配はまったくない。

峠を下るとどんどん山深くなる。そして急勾配。道沿いに椎茸の養殖場は点在するものの、その奥は深い深い森。聞こえてくるのは鳥の声だけ。

車の前で何かが動いた。

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えっ?

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これは?

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野生の鹿だー!!!!

んもう、びっくり仰天。野生の鹿に出っくわすだなんて。都会の真ん中で生まれ育ったオットは大興奮。いや根っからの熊本県人の私も度肝を抜かれました。

野生の鹿に出会えるだなんて何たるラッキー。こんなこと有り得ないよね。と大喜びの私たちの前に、鹿は次々と姿を現す。歩いている人よりも鹿の方が多いよ(驚)。

Img_1901胸をドキドキさせながら走るその道もやっぱりもの凄い。峠から急降下したと思ったら、また上り坂。いくつも峠を越える。

落人たちはこんな山奥に落ち延びてこなければならなかったのか。現代ですらこの村に足を伸ばすのはこんなに大変だというのに、車もなく、道も整備されていない時代にどうやってこの道を歩き、そして暮らしていたのかと思いをめぐらす。

Img_1902目の前に連続的に現れる絶景に圧倒され、時折現れる鹿に度肝を抜かれ(そういえばキジもいたぞ)、すっかり私たちは魂抜かれた状態に。ふー、すごすぎる五家荘。

実は私、この旧泉村五家荘を1泊2日くらいかけて自転車で周遊しようかと目論んでいたのだけれど、1泊2日くらいじゃ到底無理だということが判明した。何しろ峠が多く、そして高いのだ。おまけに、急勾配というのにガードレールがな~い(高所恐怖症にとっては致命的であります)。

Img_1907_3だけど、時間をかけてこの山々を訪れてみたい。もうすっかり私はこの山々に魅せられてしまった。長いこと熊本に住んでいて、熊本のことを何でも知っているような気でいたのだけれど、この自然の素晴らしさを知らなかっただなんていやはや熊本県人として全く二流だったよ。

そして自然の美しさとともに、怖さも味わうことになる。昨年の台風の被害で帰り道となる主要県道は全面通行止めとなっていた。地図を見ながら迂回路を走っていたのだけれど、急な勾配とつづら折れた坂道に予想外に時間を取られたり、行き止まりを引き返したり。

もちろん山の道には灯りはなく、暗くなってからあのガードレールのない急勾配の坂道を車で降りていくだなんて、想像するだけで気が遠くなる。急がなければ(でも怖い)。山の道と国道とが合流する峠に辿りついたのは、もうすぐ陽が落ちそうな夕方だった。ふう~、万事休す。9時をまわってようやく自宅に帰りついた。

絶景に次ぐ絶景を目の当たりにした私は茫然自失状態だ。目を閉じてもあの山の緑が次から次と私に迫ってくる。オットもすっかり魅了されたらしく、これまで登山にまったく興味を示さなかったというのに「今度、登山もしてみたい」とつぶやいている。しめしめ。これから自転車+登山というスペシャルコースを堪能しちゃうぞ。

自転車に乗って峠でへろへろ、そして絶景に圧倒された激動の一日はこうして終了。今日のお土産は五家荘の名物「とうふのみそ漬」と産直野菜。とうふのみそ漬はカマンベールチーズのような味わい。米焼酎でまったりいきました。

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おまけ。

Img_1911 この日最後に出会った鹿。なぜだかメスばかりでした。

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2008年5月24日 (土)

高尾山へ

ここのところトレイルランも流行っているし、街中をぶらぶらするより、山行きの方が断然楽しいよねと話がまとまったので、野辺山の翌日は叔母と妹、そして私の三人で高尾山へ。台風直撃の前日で、午後から雨という予報をぶっちぎって決行しました。

Img_1831 JR高尾駅を降りて、甲州街道の面影を残す古い町並みをぶらぶらと登山口まで歩く。雨の心配もあるので、登山口から途中まではリフトを利用。このリフトは足元がネットになっていて、実はものすごく深い谷の上に設置されている。高所恐怖症の私は縮み上がる。ひえー(と、びびりつつ写真は撮るわけだな)。

すっかり魂の抜け殻と化した状態で駅に到着。雨が心配なので舗装路を登って頂上へ。山伏がいるのか、ほら貝と太鼓の音がどこからともなく聞こえてくる。標高が高くなるにつれ、山は宗教色を強く帯びてくる。途中、腰痛平癒と健脚のお堂を見つけたため手を合わせる。お守りもゲット。

Img_1834_3(健脚のお堂。ご利益ありますように -人- →)

展望台からは随分近くに多摩丘陵が、そして遠くかなたに新宿も見える。仲間が走っている多摩丘陵はここから結構近いんだな。

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心配していた雨もどうやら降らずにおさまり、うっすらと陽が射してきたので、下りはトレイルを歩くことにする。今回選んだのはつり橋のある4号路。

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陽が射すにつれ、山はどんどん輝きを増していく。緑が美しく、聞こえてくるのは野鳥のさえずりだけ。ああ~心癒される。時々走って、トレイルランの雰囲気も味わってみる。うん、楽しさがちとわかったよ。

Img_1838都心からほど近い場所に、こんなに緑豊かな山があるなんて意外だった。山頂へのルートは他にも色んなトレイルがあるし、高尾山から周辺の山々に巡る道も楽しそう。これから上京の際には時間を作って高尾山に登りたいな。次は、相模湖に下りるルートもいいな。それとも陣馬山がいいかしらん。今度は上りもトレイルで行かなくちゃ。などと、次の登山計画に胸躍らせています。うふ。

ところで、ミシュラン本の三ツ星に掲載されたお陰で大人気を博している高尾山ですが、お陰で前日の日曜日は中央線の各駅がハイカーでごった返し、とんでもないことになっていました。このハイカーが皆、高尾山に登っていたのなら、トレイルも人だらけだろうなあ。登るならやっぱり平日がよさそうです。そして、噂にたがわずハイヒールで登山する女子の姿も。百歩譲って舗装路を歩くとしても、あの急な下り坂はかなり大変だと思うぞ。Img_1845

山を下りた後は、十割そばで締め。じんわりと疲れた身体にビールと焼酎蕎麦湯割りがやけに美味しかった。締めも大満足の山行きとなりました。

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2008年3月22日 (土)

謎のドイツ村

21日はオットの誕生日。「久住のもっと奥の直入という山村に『ドイツ村』がある」という話を耳にした私たちは、誕生日のイベントとしてドイツ村に行ってみよう!ということに。しかしそんな山村にどんなドイツ村があるんだ?ドイツ人は何人いるんだ?だけどドイツ村というからにはリーンなドイツパンやソーセージ、そしてワインなんぞもあるのではと不安と期待に胸を膨らませ、いざ直入(現大分県竹田市)へ!

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直入に行くには阿蘇から久住に入る。野焼きの終わったばかりの阿蘇の山肌はこげ茶色、普段見慣れた若草色の阿蘇の山肌とはまったく違って、何だかよその星にでも来たような気分。

Img_1624車を走らせると山肌から煙が。まさに今、野焼きの真っ最中だった。阿蘇には何度も足を運んでいるけれど、野焼きに出っくわしたのは初めて。この野焼きは新しく生えてくる牧草の成長を促すために、古い枯れ草を一気に燃やしてしまう阿蘇の春の風物詩。写真では判りにくいけど、実際に赤い炎も上がっていました。樹木も燃えるのですが、暖かくなるとちゃんと葉っぱが生えてくるんですよ。

そして直入へ到着。道路標識にもちゃんと「ドイツ村」の表示が(ほっ)。やった~これが噂のドイツ村か!

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だ~け~ど~人がいない。ちょっとお洒落な建物(写真左)は廃墟でした。廃墟を背に撮った写真が右側。ドイツ風味の一般住宅が並んでいるのみ。ソーセージやパンもなけりゃ、ドイツ人はやっぱりいませんでした。がっくり。仕方ないので町のメインストリートと思しき場所にある道の駅「おんせん市場」(写真左)でお買い物。帰路では「久住ワイナリー」(写真右)に立ち寄ってみました。

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ワインは残念ながら私の好みとはちょっと違うタイプだったため、試飲のみ。ちょっと癖のある若いメルローとピノノワールでした。ワイナリーの隣には新しくピザの石窯も出来ていました(写真右)。

Img_1638_2謎のドイツ村は結局なくなっていましたが、春が訪れたばかりの阿蘇と久住を堪能した小さな旅となりました。

購入したのは、なばめし(「なば」とは大分弁で椎茸のこと)、柚子胡椒、唐辛子の佃煮、唐辛子醤油。それからポルトガルソーセージ。この地域の名物はスパイシーな食べ物なのかな。

そうそう、久住には「日本一のマラソンコース(2.5km)」という表示を見つけました。今度はランニングシューズを履いてそこも探検してみます。

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2007年7月18日 (水)

友、来たる

1ヵ月以上前からそわそわ。その日が今日。うふ、今日はみなみさんとデートなのだ。どこへ行こう、何を着て行こう、何食べよう。初デートの女子高生か、君は。

関東からの日帰り旅行。みなみさんの滞在時間はわずか4時間半。空港の到着ロビーで会うなり、きゃあきゃあ。まったくもって女子高生のノリだ。4時間半をまるまる濃密に過ごすには、やっぱり阿蘇だわよ。というわけで、空港を出て一路阿蘇へ。

Photo_30 俵山から南阿蘇に入り、南登山道(通称吉田線)から中岳火口へ。

阿蘇では長雨の後に育った牧草が美しく、鮮やかな緑が目に沁みる。草を食む牛を眺めたり、火口で硫黄の匂いをかいだり、かわいい形の山に見とれたり。その間も私たちのおしゃべりは尽きない。緑の中を車でかっ飛ばしながら(時々は失敗もしつつ)、4時間ぶっ続けでしゃべりまくったのだった。でもしゃべっても、しゃべっても私たちの話題は尽きない。まだまだしゃべり足りないぞ。

惜しいのはご飯。阿蘇にも結構美味しいレストランがあるのだけれど、観光地なので水曜定休日というお店が多く、狙っていたフランチのお店はことごとくお休み。適当に入ったカフェのベーグルサンドがお昼ご飯となってしまった。これはこれで美味しかったのだけど、物足りないっ(涙)。ベーグルの後は豚骨ラーメンだ!と息巻いていたものの、時間が足りなくなったうえに、ベーグルで思いのほかお腹いっぱいになって余裕が生まれなかったので、これも頓挫。次回はフレンチと豚骨ラーメンですわよっ。がうがうがう(←鼻息荒い)。

そして、見慣れた阿蘇だからと、私は写真も撮らなかったのだけど、ブログに載せるのを忘れていたとは何たる間抜け。写真をご覧になりたい方はぜひみなみさんのブログにいらしてくださいませ。ちなみに上記の写真は西原村役場のページから拝借した俵山の写真です。

本来なら会う機会もないほど遠く離れた地に住むわたしたちが出会い、共通点をたくさん見い出し、同じものに心を通わせ、喜び、泣き、そしてこうして会えて同じ時間を過ごせたことを、しみじみ幸せに感じたのだった。空港でみなみさんを降ろして、帰路で見た夕陽はちょっぴりにじんでいた。目に沁みたのは草木の緑だけじゃなかったのだな。

ありがとう、みなみさん。

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2007年1月 4日 (木)

台湾満腹旅行

旅先から記事を投稿しました通り、2007年の年始休暇は台湾を旅してきました。思い立ったのが12月、行き当たりばったりの旅でしたが、3泊4日駆け足で台湾を旅してきました。

福岡空港から飛べば台湾まで所要時間2時間あまり、北国よりも近い場所にあり身近です。文化も似ていますしね。今回は台北から高雄まで足を伸ばしました。

1日目。福岡空港から台北へ。台北国際空港(桃園機場)から国内線の空港、松山機場へ。台北⇔高雄(かおしょん)行きの航空機のチケットは予約がなくても空港ですんなり買える、という話を信じて空港へ行ってみたところ、珍しくフルブッキング。予定を変更して台北に宿泊。この日は士林(しーりん)の屋台でご飯。麻らー臭豆腐、絶品であります。   Img_1078_1 Img_1081

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翌日、気を取り直して再度高雄へ。高雄は台湾南部にある第二の都市。着いてみたら気温27℃。現地にお住まいの人々はあたたかい服装をしていますが、とても長袖なんて着てられません。夏の暑さです。

お昼はアメリカのステーキチェーン店「ルス・クリス」でステーキ。アメリカ在住のポンするめさんのブログで教えていただいたお店で、厚~いお肉の美味しさを堪能しました。NYC以来だな~。

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そして、ここ高雄でも私は世界制覇の野望を遂げるべく地道に活動中。ふふ、これは高雄でトルコのアイスクリーム、ドンドルマを売っているトルコ人からプレゼントしてもらいました。↓

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フルーツもおいしそうでしょ。真ん中の緑色したブツブツはお釈迦様の頭に似ているので「シャカトウ」という名前です。食べ損ねました。

夜はやっぱり屋台。大好きな「さんらーたん(酸っぱくて辛いスープ)」と水餃子、ぱいくーめん(あああ、日本語の漢字に変換できない)。

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そして3日目はまた台北に戻り、本格台湾料理屋と屋台へ。

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Img_1134←これはナン状の粉モノを飛ばしながら平たく伸ばしているお兄さん。

何を食べても美味しい美味しい台湾。食べても食べても食べ足りない。自分の胃袋の小ささを恨む旅でした。胃袋、みっつくらいあったらよかったのに。

こうして3泊4日の駆け足の旅、とにかくよく歩きよく食べました。今回は重い荷物を持つ役(略して重役)のオットにランニング用品を持っていくことを却下されたので、現地でのランニングは無し。食べに食べた分、これから取り戻さなくてはなりません。走らなくっちゃ。

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2006年12月15日 (金)

博多に来ています

博多に来ています

大濠公園をひとっ走り。

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2006年2月11日 (土)

旅先で走る

在宅で仕事をしているため、そもそも引き篭りがちな生活を送っているうえに、足指を負傷したお陰で今週は自宅から一歩も出ないという日もありました。あまりの引きこもりっぷりからか、ふと旅先で走った時のことを思い出しました。

特に夏場にはサンダル(というか「つっかけ」です、私の場合)&軽装で旅に出る私は、ランニングシューズの「かさ」と重さを思うとかなりうんざりするのですが、それでも敢えてランニングシューズを荷物に入れて行くのは、旅先のランニングはやっぱりいつもよりもスリリングだからです。

韓国では走っていて道に迷いました。途方に暮れ、道を尋ねてみた人はことごとく「あ、英語ダメ!」でした。「タワーホテル」に泊まっていたので、とりあえず「タワーホテル」と言ってみても通じない。韓国語で「タワーホテル」は「ターウォ・ホテル」と私の耳には聞こえました。結果、5km程度のつもりが2時間走る羽目に。

トルコでは幾度となく犬に追いかけられました(涙)。村上春樹もギリシャで走っていて犬に追いかけられたと言いますから、地中海あたりの犬は「人が走る」ということに慣れていないのかも。いや、慣れてないのは犬だけじゃないなあ。走っていておばあさんに呼び止められて「何故走っているのか」と問いただされたり、知らないお兄さんに「今朝、走ってただろう。健康のため? 感心したよ。素晴らしい!」と褒めちぎられたり。

ちなみに旅先ではいつも朝走ってます。夕方には既にアルコールが入っているし(!)、夕方には移動とか何だとかで忙しく、ホテルに一旦戻って着替えて走るということが面倒だから。だけど、旅先では何より朝の風景を見たいのです。

家々からは湯気が立ちのぼり、美味しそうな匂いが漂う。仕事や学校に急ぐ人々、市場の活気。当たり前のことですが、見知らぬ土地でたくさんの人たちがそれぞれの朝を迎え、良き日となるよう祈りつつそれぞれの一日がはじまる。見知らぬ人たちのそうした朝の風景を垣間見るだけでランニングシューズを持ってきてやっぱりよかったとしみじみ思うのです。

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