2007年10月17日 (水)

長い…

まだ膝痛が続いています。前回は1週間で痛みがなくなったので、そろそろ痛くなくなっても良い頃なのですが、依然として階段昇降時に痛みます。走ったら確実に痛みそうです。どうやら、だまって待っているだけでは治らないようなのでお灸を据えてみることに。それから明日は整骨院に行ってみます。はあ~走りたい。

20071017 と、気持ちは焦る一方なのですが、そんな中、心待ちにしていた「走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹)」が届きました。うわあ、ますます走りたくなる。表紙を開けると、まさに私が走るきっかけとなった著者の背中の写真が(この表紙にも小さく写っています)。ああ、私はこの背中の写真を見て、走り始めたのだ。

自分にとってランニングとは何か、何故自分は走っているのか、そしてどこに向かって走ろうとしているのか。

著者の自問自答は、読者に対する問いかけでもあります。村上春樹のランニングを通して、自分のランニング、もっと大きく言えば生きる姿勢を見つめなおす本です。勿体なくて一気読みできず、少しずつ紐解くことにしました。そして何度も読み返したい。

それにしても密林の予約購入よりも、リアル本屋で買う方が早く手に入るのだった…。

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2007年10月 1日 (月)

9月

暑さが息をひそめると同時に9月が終わった。

8月末に復帰したランニング。走る暮らしに心身が徐々に慣れてきたようです。1ヵ月が経過して、走り始めの距離の2倍を走れるようになったことは、素直に嬉しい。膝の調子が一進一退ではあるけれど、痛んだら休む、痛まなくなったら走る、を繰返しているうちに「走れる膝」ができていってくれれば、と願ってます。スピードはまだまだ出ないので、距離をちびちびと伸ばしていくつもりです。10月はどのくらい走れるかな。

それから、読書も充実しました。

・「ピギー・スニードを救う話」ジョン・アーヴィング著/小川高義
・「肩胛骨は翼の名残り」デヴィッド・アーモンド/山田順子
・「ムーン・パレス」ポール・オースター/柴田元幸
・「桜庭一樹読書日記」桜庭一樹
・「穴」ルイス・サッカー/幸田敦子
・「隣の家の少女」ジャック・ケッチャム/金子浩
・「ティンブクトゥ」ポール・オースター/柴田元幸
・「四人の女」パット・マガー/吉野美恵子
・「白の闇」ジョゼ・サラマーゴ/雨宮泰
・「アレクサンドリア四重奏1ジュスティーヌ」ロレンス・ダレル/高松 雄一
・「アレクサンドリア四重奏2バルタザール」ロレンス・ダレル/高松 雄一
・「林檎の木の下で」アリス・マンロー/小竹由美子
・「リビアの小さな赤い実」ヒシャーム・マタール/金原瑞人
・「サクリファイス」近藤史恵

読めば読むほどに、読みたい本が増えるのよね。ああ悩ましい。

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2007年9月25日 (火)

リビアの小さな赤い実

三連休は何だかんだで、ランニングも読書も「たっぷり」というほどには至らず。

数ヵ月に及ぶ休暇中に筋肉が落ち、脂肪がついた。体重はちょっぴり増え、体脂肪は大きく増え、見た目はとても太った(涙)。膝が痛くなるのも当たり前だわね。減量すれば膝の負担も軽くなって痛まなくなるのかもしれないなあ。だけど、減量のためにこそ走りたいのだ。膝の負担のことを考えていたらいつまで経っても走れない。むーう。堂々巡りのこの頃。

070925リビアの小さな赤い実(ヒシャール・マターム著/金原瑞人、野沢佳織訳)

2006年のブッカー賞の最終候補作品で、アラブの話ということは私の好みかも…と手に取る。この作品は、語り口だけを見るとYAですが、内容はやはり大人向け(最近、文学のカテゴライズはつくづく無用だと感じます)。リビアが抱える政治的な問題、そして自らとそれを取巻く環境の不安定さが子供の目から描かれています。また、この物語は「男達の国で(原題=In the country of men)」生きてきた母、ナジュワの物語でもあります。英語で書かれたこのリビアの話を、リビア国民が母国で、そして母国語で読む日が来るのだろうか。

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2007年9月22日 (土)

白の闇

ここのところ、走り始めて500mほど膝に痛みが走っていた。それも体重がかかるたびに「ずきっ」と嫌な感じ。そういえば運動を再開したウォーキングの時から怪しい痛みを感じていたのだった。走りこんでるわけじゃないので、疲労性の炎症とは違うみたいだし、原因はいったい何だろう。走る生活にも慣れてきたのになあ…と悶々としていたら、今日は走り始めも、全然痛まなかった。まったく膝は神秘だ。明日も痛まず走り始められたら、少し距離を伸ばしてみようかな。ちなみに本日はパンラン。コースの途中に激坂があり、トレーニング不足の脚には結構こたえます。今日は前方を「歩いて」いる中学生を追い越せなくて、ちとショック(汗)。

070922 早朝に走っているうえ、仕事量がオーバーフロー気味のせいか、平日の読書が停滞気味。読みたい本は鼠算式に増えているため、気持ちが焦る。この三連休は少し読書に時間を取りたいな。

平日、眠い目をこすりながら読んでいたのは「白の闇(ジョゼ・サラマーゴ著/雨沢泰訳)」。サラマーゴは1998年にノーベル文学賞を受賞したポルトガルの作家です。

ある日突然、失明する。そしてその失明が伝染するとしたら社会はどうなるのだろう。失明者ばかりが隔離された病棟は、人間社会が保ってきた秩序を簡単に失う。社会は「見える人」によって築かれ、営まれているからだ。そして、この「失明」という概念は比喩に過ぎない。「見えない」人間が易々と秩序を、理性を失う様を、私たちは身近でも目にしていることをこの本を読んでいて思い起こす。

実に面白い作品でした。訳に時々「むむう~」という部分はあれど(原文が大変に長いのだそうだ)、人間の本質を深く掘り下げる名著です(アマゾンのマーケットプレイスの値段は足許見てると思うぞ)。

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2007年9月20日 (木)

ムーン・パレスとティンブクトゥ

Img_1364 膝痛の大事を取って2日間休む。今朝は階段昇降でも痛まなかったので走ってみました。走り始め500mくらいは歩を進める度にやっぱり痛みが走り、引き返そうか、やっぱり走ろうかと逡巡している間に痛みが治まったため、疲労性の関節痛というよりも運動不足が原因という気がします。走っているうちによくなりますように! 写真は6時前、走り始めた時の空。随分日の出が遅くなってきました。

日中はまだ35℃を上回る猛暑日が続いていますが、気持ちの上では何となく「秋」。秋の読書として「カポーティ祭り」「アーヴィング祭り」「オースター祭り」の開催を予定してます。ちょっと欲張りすぎかも。9月は既にオースターを2冊読了。

070920_3 オースターが米文学界に台頭したのは、私が翻訳本を読まなくなった後のこと。今回「ムーン・パレス(柴田元幸訳)」を読んで、ああああこんな本を読まずに過ごしていただなんて、と地団太を踏む思いをしました。この本の世界観は村上春樹の小説のそれと類似するものがあり、期せずして日本と米国で似たような(もちろん小説の筋などは全く異なるのですが)世界観を持つ本が出版され、世に受け入れられていたというのは、偶然ではないような気がします。

070920_4 そしてもう一冊は最新作の「ティンブクトゥ(柴田元幸訳)」。この本は、犬の目線から飼い主との死別、新しい出会いと別れ、そして旅立ちを描いた作品。読み始めは、作品の世界を掴むのに少し努力を要したものの、読み進めるにつれて老犬ミスター・ボーンズの独白に心を奪われる。ちなみに「ティンブクトゥ(Timbuktu)」は、マリ共和国のトンブクトゥ転じて「ここから遠く離れたところ」という意味、この作品ではつまり「天国」のことを指しています。実はこの本を読む前に残虐極まりない本を読んでしまい、すっかり荒んでしまった心にこの表紙の犬の写真がじんわり沁みたのでした。実は、太った猫と爺臭い犬に目がないのです。ふふ。

秋の読書も充実しそうだなあ。

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2007年9月 4日 (火)

ピギー・スニードを救う話

9月の声を聞いた途端に、朝ふっと涼しい風を頬に感じるようになった。膝痛は徐々に治まってきた模様。明日あたりから走れるかもしれません。

週末は土佐選手に力を頂きました。マラソンを観ていた多くの方がそうであったように、私も手を握り締め、最後には目頭を熱くしました。最後まであきらめないこと、自分の力を信じること。走る姿だけで、こんなにも教わるんだなあ。さあ次は私の足で走る番だ。

070903 ◎「ピギー・スニードを救う話(ジョン・アーヴィング著/小川高義訳)」。文庫化したので早速購入。アーヴィングにしては珍しい短編集。唯一の短編集なのだそうだ。アーヴィングが小説家となるきっかけとなった表題作、そしてディケンズ論にかこつけたアーヴィングの小説論「小説の王様」の他にも「インテリア空間」、「ガープ」の処女作「ペンション・グリルパルツァー」などを収録。

短編でもしっかりアーヴィングの世界が凝縮されている。おしゃべりな家族もいれば、熊も登場する。この短編集を読んでアーヴィングの長い物語を読み(直し)たくなった。それからディケンズも。「小説の王様」を読んで学生の頃に読んだはずの「大いなる遺産」をやっぱり全く覚えていないことが判ったのだ。私ったら…。

アーヴィングが好きなら楽しめる作品。これからアーヴィングを読みたい人の入門編としても。実はこの秋は「アーヴィング祭り」も開催予定なので、とっかかりとなる一冊となった。小川訳、上手いなあ。

**

断りきれない性分なので、気を抜くとつい、いっぱいいっぱいの仕事を請けてしまう。断りきれない、という部分をどうにかしなければ。

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2007年9月 1日 (土)

8月

気づくと9月。ブログの更新をすっかりサボってしまっていました。

日中はまだ30℃を大幅に超える毎日ですが、早朝はふっと涼しい風を肌に感じるようになりました。少しずつ心も身体も走る生活に戻りつつあります。とは言え、まだ短い距離でへろへろです。おまけに走り始めたばかりだというのに、膝には痛みが走ったりして、半年前の身体に戻すには1年以上かかるかもしれません。前途多難なランニングライフという気もしますが、走れること自体が幸せだし、何度も初心者の喜びを味わえるというのも悪くありません。

8月の読書はお盆休みのお陰で充実しました。13作品18冊。読書量が増えると、仕事の質も上がります。だけど読めば読むほどに読みたい本が増えて、読書時間の捻出がどんどん厳しくなるのも事実。ふー、読書しまくっていた休養期間はやっぱり楽しかったなあ。8月に読んだ本は下記の通り。

・「本泥棒」マークース・ズーサック著/入江真佐子訳
・「バルザックと小さな中国のお針子」ダイ・シージエ/新島進
・「獣の奏者 Ⅰ 闘蛇編」上村菜穂子
・「獣の奏者 Ⅱ 王獣編」上村菜穂子
・「オルガニスト」山之口洋
・「カラマーゾフの兄弟1~4、エピローグ」ドストエフスキー/亀山郁夫
・「草の竪琴」トルーマン・カポーティ/大澤薫
・「朗読者」シュリンク/松永美穂
・「夜想」貫井徳郎
・「悪童日記」アガタ・クリストフ/堀茂樹
・「彼方なる歌に耳を澄ませよ」アリステア・マクラウド/中野恵津子
・「マイケル・K」J.M.クッツエー/くぼたのぞみ
・「こころ」夏目漱石
・「夜の来訪者」プリーストリー/安藤貞夫

070901 今月のヒットは「彼方なる歌に耳を澄ませよ(マクラウド)」。読み進めるにつれて胸の中にじわじわと溜まっていった水が、一気に決壊して溢れる。溢れても溢れても、物語はなお私の胸に水を満たしてくれる。こんな本に出会うために私はこれまでページを繰ってきたのだ。すぐれた作品にはあらすじも美辞麗句も必要ない。大切な人に黙って差し出したい一冊。

草の竪琴(カポーティ)」や「バルザックと小さな中国のお針子(シージエ)」もしみじみよかった。また「朗読者(シュリンク)」「悪童日記(アゴタ・クリストフ)」は新たな視点から戦争を考え直す機会となった。8月は本当に良い読書ができた。本当はやっぱり一冊ずつ感想を書くべきだったな。今月はもう少しマメに更新します。

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2007年8月23日 (木)

草の竪琴

Img_1327 濃厚なカラ兄の次は、心にじんとくる中編。手に取ったのは「草の竪琴(トルーマン・カポーティ著/大澤薫訳)」(画像がないので空の写真でも)。

少年と老女が選んだ安住の地、それは森の樹の上の家だった。樹の上ですごした束の間のひとときは確実に幸せな時間。しかし、結局は樹の上の生活、幸せなひとときに別れを告げ、少年は大人になっていく…。

しみじみと良い本でした。草の竪琴が鳴らすその調べが聞こえてくるような、小川の冷たい水のしずくが見えるような、美しい文章。そして、もう戻ることのない少年時代の美しく幸福な時間への想い。読んだ本を閉じた後、じんわりと涙が出ました。そして、再び冒頭を読み返すと、1度目に読んだ時よりもさらに美しさを増した風景が飛び込んでくるのでした。

いやあカポーティ、良い! カポーティは若い頃(いつだよ)夢中になった作家ですが、実は随分内容を忘れてしまったので、この秋あたりに一気に読んでみようと考えてます。

そして、こっそり報告(冒頭に書くのはちと恥かしいので)。今週からランニングを再開しました。火曜日はウォーキングの最後の1kmあまりを走ってみました。そして昨日は3.8km。うがー、帰宅後吐きそうになりました。そして今日は4km。ゑづくかもとビクビクしながら走りましたが、そんなことはなく、元気に走れました。ちょっと感動。スピードは全然出ませんが、それでも走れるだけで幸せです。これから身体も生活も「走ること」に慣らしていこうと思います。ふう、隠遁生活は長かった。

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2007年8月21日 (火)

カラマーゾフの兄弟

Photo 猛暑のお盆休みは読書と墓参りで終わってしまいました。

実はこの夏の読書のテーマは「カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー著/亀山郁夫訳)」。この7月、光文社古典新訳文庫から発売されたこの名作の全4巻+エピローグ1巻がとうとう出揃ったのです。過去に挫折したこともあり、この夏は新訳で読破することを決めました。…世の中にはこういう人が結構多いらしく、この新訳「カラマーゾフの兄弟」の売上は25万部に達したのだそうな。うちの近所の紀伊国屋書店でも1巻は完売していたし。みんな、読破するのよー!

確かに新訳はとても読みやすい。読みやすいことに対する批判もあるようだけど、読みにくく訳して読者が挫折することに何の価値があるというのか。そういうわけで、読みやすさにむせび泣きつつ読み進める。

まずは、名作というイメージをぶっ壊す登場人物の人間臭さ。実に濃ゆいのです。女好きで、金遣いが荒く、テンパってあらぬことを口走り、よくしゃべり、よく泣き、よく怒り、おびえ、妄想激しく粗忽者、でも誇り高い。だからこそ魅力的で愛せちゃうのだな。読者もそれに振り回されて、度肝を抜かれたり、泣いたり、笑ったり、途方に暮れたり、身を震わせたりと忙しい。ひとつひとつのエピソードが複雑にからみあって、結末につながる。

一方、難解で理解の及ばない部分も多かった。無信心な私には宗教に関わる話はとても難しかったし(かつてはこの宗教関連の話題のお陰で1巻途中で挫折した)、私が読み流したところにも気づかぬ伏線や謎がいっぱいちりばめられていたんだと思う。

何年か先にこの作品を読み返した時に今よりももっと理解が深まって、面白さが増すといいな。いや今回も充分に面白かったんだけれど。聖人君子が登場しなくとも、道徳的教訓がなくとも、感動の結末でなくとも、さっぱりわからない部分があっても(おい)、名作なわけです。

余談ですが、三男アリョーシャの小者っぷりが「泣き虫弱虫諸葛孔明(酒見賢一)」で印象的な孔明の弟とかぶってしまってちょっと受けました。強烈な兄に小者の弟、ちょっとツボです。ふふふ。(はっ、第弐部読まなくちゃ)

さて。今日は改題を読みます。それから「スメルジャコフ対織田信長家臣団(村上春樹)」もいずれ。

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2007年8月 7日 (火)

バルザックと小さな中国のお針子

眩しい朝日、澄んだ青空、吸い込む熱気、突然の暗雲、バケツをひっくり返したような大雨。

夏休みの天候が一度にやってきたような一日だった。予想以上にノルマが早く終わって、念願のリアル本屋に足を運んだ私は、館内放送で大雨を知り、慌てふためいて帰宅した。パソコンの電源をいれっ放しで出かけていたのだ。雷ゴロピカの中、買ったばかりの本を濡れないように工夫してどうにか自宅に帰りつくと、窓が全開だった…。

◎「バルザックと小さな中国のお針子(ダイ・シージエ/新島進訳)

Photo 文化大革命時の中国。医師の両親を持つ少年は反革命分子として未開の山村に「再教育」のために送られる。文化に乏しい山村で、そして革命関連以外の本を禁じられた文化大革命の時代に、少年たちは書物を渇望する。そして少年たちは書物と恋に出会う。

暗い内容と思うなかれ。少年たちに、そして山村の人々に、物語は今の時代よりもはるかに大きな幸せをもたらす。物語の世界に触れた人々の顔は喜びに満ちている。

本に飢え、一言一句を覚えるほどに貪り読むこの環境下の少年達を思うと、本屋に行けば本があふれ、読み捨て、積み置くいまの安寧な時代の私たちの幸せ(と傲慢)をいま一度考えてみてもいいはずだ。折りしもこの本を読んだのは広島に原爆が落とされた日だった。

職業柄、題名を見た瞬間に心の中で赤ペンを握り締めたのだけれど、本文は赤ペンを駆使する間もなく読み終えた。在仏中国人の著者が仏語で書いた作品。本作品のメガホンも取ったのだとか。

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2007年7月26日 (木)

愛の続き

Img_1299梅雨が明けたと思ったら、35℃を超す「猛暑日」が続いている。すんごい暑さなんだけれど、最近の私は単車で出かけるのがお気に入り。炎天下で乗ると、どれだけ風を受けても暑い。それでも、車より断然速いので、時間に追われる私はとても助かっている。それに久しぶりの単車はめちゃめちゃ楽しいのだ。

これが「第3京丸号エイピーちゃん」。ちなみに第1京丸号は自動車、第2は自転車なのだれど、今やエイピーちゃんの利用頻度は下克上の勢い。第1京丸号に出世する日も近い。おもちゃのような単車だけど、これでも100cc。ギアつきだから、出足もいい。億劫なお出かけも、楽しみになってきた。うふふ。

Photo

◎「愛の続き(イアン・マキューアン著/小山太一訳)

圧倒された。惹き込まれた。

物語の発端となる気球事故のシーンから釘付け。そしてこの事故をきっかけに「愛」という名の狂気が主人公ジョーを襲う。事実も根拠もない思い込みだけで突進されるジョー。そして、突進されるうちに、ジョーは追い詰められ、自らの精神のバランスを崩し、幸せな生活も危険に晒される。

ストーキングに走る男はクレランボー症候群。この狂気こそが真に続く愛だと記す付録の論文の内容は皮肉でもある。また、愛と精神病とが隣り合わせであるばかりか、重なり合い、区別がつかないという説は(承認しがたいと書かれてはいるものの)けだし名言。そうよね、誰かを好きでたまらん状態って、盲目的で平常心を失っているもん。それが未来永劫続くのは病気なのか。ふむ。

訳については、原文を読んでみたいと思わせる名訳がある一方で、「むむむ!」と思う部分も(ムラがある)。 訳に対する不満はあれど、それを補って余りある内容だった。

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2007年7月23日 (月)

激辛坦々麺

Img_1298 午前中は仕事で気になっていた部分を片付ける。問題解決して晴れ晴れ。

お昼は激辛坦々麺。スープを取った後の手羽元はしょうゆ漬け→グリルで夕餉のツマミと化す(幸)。写真は食べる前のものなので、あっさり風に見えますが、食べているうちにこのスープがどんどんと赤くなるのだった。暑い日に熱い食べ物は美味~い。

◎「ヒストリー・オブ・ラブ(ニコール・クラウス著/村松潔訳)

070723

ばらばらのジグソーパズル。この物語は四隅からピースを埋めていく。四隅に置かれた話はそれぞれ独立していて、最終的にどんな絵ができるのか想像できない。(ん、話は3つだから三角形のジグソーパズルか)。読み進めるにつれ、じわじわとピースがつながり、一枚の絵を形づくる。

本の内容は、読んでからのお楽しみ。ということでここではお話しません。パズルがうまく埋まらず、個々の絵がなかなかつながらないことに、もやもやする人もいるかも。でも、ひとつひとつのパーツが時間をかけてつながっていくことにこの本の醍醐味があるのだ。

今度は、出来上がりの絵がどんなものかを知ったうえで、またピースをばらばらにしてイチから読んでみたい。まさにジグソーパズルの楽しみと同じだ。

だけど「ヒストリー・オブ・ラブ」という題名と、表紙のダサさは絶対に損をしていると思うぞ。リアル本屋でジャケ買いなんてありえない。私も買ってしばらくの間、積んでしまっていた。 訳文はもう一歩こなれて欲しい。

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2007年7月20日 (金)

恥辱

酷使したわけでもないのに、歩くたびに膝が痛んでいた。でも昨日よりは少し軽くなったような気がする。早朝ウォーキングの帰り道、水たまりの跡をひょいと飛び越えてみたら、むむむ痛くない。試しにちょっと走ってみたら、何とウォーキングの時よりも痛みを感じない。調子に乗って1kmばかり走ってみた。身体はすっかり重くなって、胸も苦しく、ウォーキングと変わらないようなスピードでしか走れない(涙)。でも、たとえ1kmであっても汗を流して走ったお陰で、大きな達成感が得られたのだった(お得だな~)。しかーし、あまり調子に乗らないよう自重しなくちゃ。

さて、夢の様な阿蘇の1日が終わり、帰宅するとそこにあるのはまさに日常。普段、外出して友達と会うという機会がほとんどない私にとって、阿蘇の一日はまさしく夢の中のできごとのようだった。時々タイピングの手を止めて、阿蘇の出来事を思い起こす。はあ~幸せだった。

一方、日常の生活はほぼ変わらず。そろそろ終わりが見えてきた長期大量の仕事の合間に、ちょっぴり緊張する有料トライアルをいくつか受けた。仕事量は以前と変わらないけど、仕事時間を短縮したためか、夜眠い。脳みその疲れは単に仕事量だけではなく、集中度にも比例するような気がする。お陰でここのところ本が読めなくなってしまって、欲求不満。積読本もまたまた増えつつある。

070720 ◎「恥辱(J.M.クッツエー著/鴻巣友季子訳)

文庫化を待って購入。帯には「教え子と関係を持った52歳大学教授が経験する果てしない転落―」とある。しかし、この作品は転落だけを表現した物語ではなかった。確かに、主人公デヴィッド・ラウリーは帯の通り、教え子と関係を持ったために、准教授という職を解かれ、大学を追われる(いや、デヴィッド本人の意志で去ったのだけれど)。そして、黒人の地で、娘とともに農民として生活する。

「恥辱(disgrace)」という表題は彼の境遇だけではない。不条理の地に住む娘ルーシーが受けたものも恥辱そのものだ。また、デヴィッドが教え子に与えたものも恥辱に違いない。そして、デヴィッドの再生と、娘の恥辱からの再生とが対比をなす。

(以下ネタバレあり:コピーすると反転します)
デヴィッドは本当にダメダメだ。娘の恥辱と、自らが教え子に与えた恥辱とを重ね合わせることもないし、娘の事件で胸を痛めつつも、なお見知らぬ女性を街中で拾って関係を結ぶ。それは淡々と語られ、不条理だ。ある意味その姿は笑いすら誘う。彼がその後、恥辱から立ち直り、再生できるのか。判断は読者にゆだねられている。

そして、ここのところ立て続けに本で目にすることになった「犬殺し」の話。人間が動物の生命の綱を握り、意のままにその生命を奪っている。人間にとって動物の生命とは何か、動物の尊厳とは何かと、この作品から問われている。

そして、娘が置かれた南アフリカの黒人社会。描写されたその暴力は、アパルトヘイト崩壊後もなお断絶する南アフリカ社会を想像させるに難くないものだった。

セクハラで身を落とした大学教授の話、というあらすじだけで読み始めた本だった。だけど、そんな単純な話ではなかった。読み終えてすっきりという本ではなく、問われ続ける本、そして何を問われているかを自問する本だった。

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2007年7月17日 (火)

観光

三連休は台風と雨でほとんどの時間を家で過ごした。台風一過って、青空が広がり、それまでの嵐が嘘の様に晴れ渡るのが普通なんだけど、今回は台風が去っても雷を伴う豪雨に肝を冷やした。

そんな悪天候の所為で連休中のウォーキングは1回のみ。酷使しているわけでもないのに、膝が痛むのはどういう訳だ? 構造的な問題があるのかと少し心配するが、単なる怠けすぎなのかもしれないので、しばらく様子を見ることに。そういえば3ヵ月の休養を経て、足首もやっぱり完治したわけじゃないのだ。ということで気にしないことにする。

そして、やっぱり読了本が貯まるのだった。

観光(ラッタウット・ラープチャルーンサップ著/古屋 美登里訳)

20070717 胸の中に貯まった水に、この本が放った小さな石がちゃぽんと落ち、その小さな震動がじんわりと続いている。

テロル」の購入履歴に基づきアマゾンから「買わない?」と勧められるがままに購入したこの本がそんなに私の胸を震わせるとは思わなかった。タイ人作家の小説が珍しかったうえ、表紙の深く青い空の写真に惹きつけられてつい、購入ボタンを押してしまったのだ。7つの短編のテーマはいずれも喪失。失われるもの、失われたものの前に立ちすくむ人々だ。そして、その喪失感はたぶん読む人が味わったことのある懐かしくも哀しい思いでもある。

特に表題の「観光」。アンダマン湾とタイ湾を両手に臨むその美しい景色は、視力を失われつつある母と目にすることで、なお美しさと哀しさを増す。そして、この「観光」という地味な題名が「光を観る」という言葉との掛け合わせであったことを知り、さらにその言葉の深さが胸に沁みるのだった。

他の6篇もそれぞれに素晴らしい。この本と出会えたことに深く感謝。予想を上回る素晴らしい本だった。アマゾンのお勧め、侮りがたし。 早川epiプラネット、当たりが多いぞ。

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2007年7月 2日 (月)

香水

気づくと7月。まだ読書三昧の生活を送っています。読了本がたまっているので、ぼちぼちご紹介します。

20070702

◎「香水-ある人殺しの物語(パトリック・ジュースキント著/池内紀訳)

物語が好きだ。奇想天外で突拍子もない世界に引き込まれるような物語に出会うとしみじみ嬉しい。読書は楽しい!と感じる。そんな本だった。

だけど話はすごく匂う。激しく匂う。少し鼻が利く(そしてたまたま体調がすぐれなかった)私はのっけからちょっとクラクラ来た。クラクラしながら一気読みした。あり得ない話を堪能しまくった。

何しろ文が良い。池内さんの訳が素晴らしい。翻訳ものと思わせない名訳。訳にパワーを感じる。

#筋とは関係ないけど、密かにツボにはまったのは、主人公グルヌイユが最初に奉公を勤めたバルディーニの店にイボころりが置いてあったこと…(くだらん)。

そういうわけで、とてもとても楽しんだ1冊でした。この作品、映画化されたと聞くけどどんな映画だったんだろう。 ちなみに画像は単行本のものです。

200702 ◎「タイコたたきの夢(ライナー・チムニク著/矢川澄子訳)

ごくごくたまに絵本を買う。大人になってから買う絵本はちょっと贅沢だ。何てったって字が少なく値段が高い(笑)。でも、少ない字からでっかい贈り物をもらえることもある。もちろん絵が素敵だったり、装丁がカッコよかったり、いがいがする紙が良かったりもする。

チムニクの乾いた絵と矢川澄子の低温の訳がおりなす、少し不思議な話。夢抱きあてなくさまようタイコたたきたちはよいくらしに辿りつけるのか。そもそもタイコたたきたちが思い描くよいくらしとは何なんだ。ひとの願いや夢とは虚しいものなのか。それでもひとは夢を抱くのか。

この本も宝物の棚に入れることにする。

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2007年6月29日 (金)

夏の夜の夢

気づくと1週間もブログを更新していませんでした。それもこれも読書生活が充実しているからに他ならないわけであります。読了本も7冊となり、ブログ更新が追いつきません。ふう。

前記事の「テロル」の読了日が19日、10日間で7冊は私にしてはハイペースであります。今回は当たりが多かったな。1冊を除いてすべてホンヤクモノです。すっかりホンヤクモノに魅了されてます。

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夏至の頃、季節感のある本を読んでみようをと考え「夏の夜の夢(シェイクスピア著/福田恒存」を読みました。この「夏の夜の夢」って夏至の頃の話であって、日本語で言う「真夏」ではないのです(原題ではmidsummer)。「真夏の夜の夢」の方が言葉のリズムが良いですけどね。書籍では「『夏』の夜の夢」となっています。戯曲、それもシェイクスピアなんて読むのは学生の頃以来、とっつきにくいかなと思っていたら、舞台が目に浮かぶようで、想像以上に楽しめました。

とは言え、古典ものの戯曲ですから、どんどん読み進めるという訳にもいかず。実際の舞台はどんな感じなんだろうと想像していたところ、DVDがあるんですね~!届いたパッケージを眺めておお、美しい!と喜んだのも束の間、DVDプレーヤから「シャー」という異音が…。

…故障してました(涙)。なぜこうもタイミングよく壊れるんだー。DVDの鑑賞は少し後になりそうです。くすん。

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2007年6月22日 (金)

テロル

最近すっかりホンヤクモノに抵抗がなくなった。というより、以前より少しは良いものを選べるようになったということかもしれない。お陰で、自宅にいながらにして海外への旅を楽しんでいる。今日の旅はイスラエル/パレスチナ。旅というには重すぎる話だったけど。

◎「テロル(ヤスミナ・カドラ著/藤本優子訳)

20070622悲劇に胸を痛めつつ一気に読んだ。長い年月にわたり中東が抱えてきた対立の図、そしてその土地で妻に壮大な「浮気」をされた夫のはなし。文章も素晴らしい。中東の荒れた土地、対照的にそびえる瀟洒なビルや屋敷が目に浮かぶようだ。

ある日突然、妻が自爆テロを敢行する。妻の自爆テロは言わば究極の「浮気」だ。その事実に直面させられた夫の苦悩。次第に明らかになる妻の心情。それにまつわる宗教的、国家的問題。つらく悲しい話だった。人を救うための宗教がなぜ人を苦しめるんだろう。それから大きな声ではいえないけれど妻に「浮気」されて打ちひしがれる夫ってなぜこんなに哀れなんだろう。

夫婦の気持ちのずれ、そしてアラブという社会・意識とのずれがからみ合い、一気に引き込まれた。社会的に重いテーマを詩情豊かな美しい文体が表現する名作だ。訳も良かった。

自爆テロは確かに遠い国の話だ。でも、実際に今週も起きている。

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2007年6月19日 (火)

イギリス人の患者

そして週末はこの本にかかりきりでした。

◎「イギリス人の患者(マイケル・オンダーチェ著/土屋政雄訳)

070618 表紙を開いて、まさに1行目からその美しい文章に心を奪われた。長い詩を読んでいるような、音のない美しい映像を見ているような作品だった。

四人が住まう山あいの屋敷での暮らしも、それぞれの口から語られる愛の話も美しい。美しいが故に自らと隣り合わせにある戦争の残虐さ、死の恐怖が強く対比をなす。

文字通り舐めるように読む。ストーリーを追ってページをがんがんめくるような本ではなく、1行1行、1語1語を味わい、咀嚼し、反芻して作品を堪能した。あまりに詩的で、立ち止まり何を言わんとするのか考え込むことも。決して長くない本ですが、読了にかなり時間を要しました。

これも好き嫌いの大きく分かれる作品かもしれません。名訳といわれている作品ですが、細かいところにもう一歩「こなれ」が欲しい部分も。

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2007年6月16日 (土)

充たされざる者

大量の仕事もようやく終了。次に依頼を受けた大量長期の仕事は、価格が折り合わずお断りした。偉そうなヤツだ。大量仕事の合間を縫って読んだ本は

◎「充たされざる者(カズオ・イシグロ著/古賀林幸訳)

070616 厚くて長かった。この6月に絶版本が文庫化されたため何も考えずにポチってしまったのだけれど、文庫で1400円という値段から厚さを想像すべきだった。だけど長さがこの作品の肝なのかもしれない。

これまで読んだイシグロの作品「わたしを離さないで」「日の名残り」とは毛色の異なる不条理系。「はぁ?」「なぜ?」頭の中ははてなマークで埋まる。この不条理な話が延々939ページも続くのかあ。久しぶりに途中で読むのをやめようかという気にすらなる。イシグロというネームバリューにこの本を「読まされている」のだろうか。悶々としつつ読む。こんなに長い不条理本を読んでいるということ自体が不条理だ。

とか何とか考えながら読んでいるうちにだんだんと作品に引き込まれてしまっていた。なぜだろう。不条理な話を読むことで自らが不条理の世界に入り込んでしまったから、主人公をふくめ登場人物の交わることのない思いのベクトルのひとつひとつに私自身が翻弄されてしまったから、なのかもしれない。理由は本当のところよくわからない。

この作品の評価は絶賛と酷評に分かれるという。心を動かされたのは確かだ。でも絶賛はしない。だけど酷評という訳でもない。すぐに読み直したいとは思わないけど(ちょっと疲れた)、読み直すたびに読み方や感想が異なってくる作品だと思う。 カフカの「城」と比較して、カフカを超えた、いや劣化コピーだという感想も聞こえてくる。イシグロは「日の名残り」でブッカー賞を受賞して、ようやく好きなものを、という思いから書いたのがこの作品らしい。そして、この作品は発表当時の「最高の自信作」だったという。まったく読書とは奥深い。

画像は単行本のものを使用。文庫の画像は帯の部分から切れていて不自然だったため。単行本では上下2巻だったが文庫は何故か1冊にまとめられている。読者の挫折を見込んだのかも。

不条理な話を939ページも読んだ後は、どんな本でも読めるかもしれないという変な自信がついた。これはひょっとすると最悪の天候で走った東京マラソンの後に、もうどんなレースでも走れるぞと思えたのと同じ?(違)。

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2007年6月13日 (水)

アンジェラの灰

ここのところ活字モードに拍車がかかっていて、文字通り、寸暇を惜しんで本を読んでいる。大量に受けている仕事をどうこなして読書時間を捻出するかが今の私の最大のテーマだ。何しろ読みたい本が目白押しで、我が家の積読本在庫はえらいことになっている。それなのに今日もネットでどっさり購入。大丈夫か我が家の床。以前は図書館も利用していたのだけれど、利用者のマナーの悪さに辟易して今のところ利用していない。諸問題を解決するには図書館利用が最良の糸口であることはわかっているのだけど。

読了本もまだ多くありますが、とりあえず良かった本をピックアップします。

◎「アンジェラの灰(フランク・マコート著/土屋政雄訳)

Photo_24 アイルランド人のマコート家の話。実話です。何しろ貧しい。これでもか、これでもかと貧乏話炸裂。悲惨、だけど悲愴感はない。何しろ主人公フランキーがたくましく、カワイイのだ。誰しも通ってきた幼少時代、それは家族に囲まれ、愚かで楽しく、謎や怖れに満ち、そして愛に溢れたひとときだ。貧富に関係なく。

これも土屋訳で独白もの。話にもすんなり入り込める。文芸翻訳をしている同級生の読書友達とこの本の話をしていたところ、彼女はこの本をきっかけにその道に進もうと決意したと知った。良い本は人の道すら作るのだな。

アイルランドの貧困層の暮らしぶり、イングランドに対する恨み(!)、そしてカトリック教徒から見たプロテスタントなど、アイルランド文化も垣間見え興味深い。

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2007年6月12日 (火)

読了本リスト

ブログの更新をサボっている間に読了本が溜まってしまいました。

◎「猫とともに去りぬ(ロダーリ著/関口英子訳)

Photo_21 「今、息をしている言葉で、もう一度古典を」というキャッチコピーで発売された光文社古典新訳文庫。このシリーズを少しずつ紐解いていく予定です。今はカラマーゾフの兄弟を細々と買い貯めていて7月の最終巻(および別冊)の発売を待っているところです。また、落語調のゴーゴリなんてのもあります。

この本はイタリアのファンタジー。あまりファンタジーに馴染みがなく、突拍子のない展開に面食らう部分もあったけれど、古さを感じさせることなく楽しめました。訳のあまりの砕けっぷりに「猫とともに去りぬ」という題も超訳かと思いきや、辞書で原題を訳してみたら、そのまんまでした。

◎「李陵・山月記(中島敦)

Photo_22 「泣き虫弱虫諸葛孔明」の作者、酒見賢一がかつて中島敦記念賞を受賞したこともあって、再読。中国つながり、でもあります。最近、古典・名作モノも楽しい。

山月記は学生の頃に読んだっきりでしたが、美しい漢文調の文章に惚れました。あの頃、ちゃんと理解して読んでいたのか謎だなあ。中身はカフカの「変身」に似た印象が残っていましたが、実はもっと教訓的。私も明日は虎になっているかもしれません。自重自重。

◎「日の名残り(カズオ・イシグロ著/土屋政雄訳)

Photo_23

先日衝撃を受けたカズオ・イシグロの作品から土屋訳をもう1作。しっとりとした良い本でした。主人公の慇懃執事キャラが結構ツボにはまったのですが、これはジーブズの影響もあるのだとか。外国文学を楽しむには土壌を知ることも必要と思ったのでした。ですが、知らなくても充分に楽しめます。土屋訳は相変わらずよかったです。内容はある意味やはり衝撃的でした。この作品もプロットに工夫がなされていて、読書でしか味わえない楽しみを堪能できます。

イシグロ/土屋のコンビネーションのお陰でホンヤクモノに開眼しました。良訳に感謝。

まだまだ読了本はたくさん控えています。飽きない程度に少しずつ紹介する予定です。

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2007年6月 5日 (火)

泣き虫弱虫諸葛孔明

当然のことなのだけれど、仕事を再開してからというもの読書量は激減。だけど「読みたい」という思いと、我が家に届く書籍の数は増えるばかり。そういうわけで、ここのところ寸暇を惜しんで本を読む日々を送っています。お陰で仕事の能率は少しばかり上がり、口数は減りました。

そんな毎日を送っているので、ここでご紹介したい読了本も増えつつあります(でもブログ更新が追いつかないなあ)。なかでも「泣き虫弱虫諸葛孔明(酒見賢一)」にすっかりノックアウトされてしまいました。先月、8巻もある苦手な歴史モノ「三国志」を泣きながら(嘘)読んだのも、実はこの本を読みたかったからに他ならない。そう、吉川栄治版は序章にすぎなかったのだ。

070605 酒見賢一の小説に出会ったのはもう10年以上前のこと、「後宮小説」でとりこになった。そして数年前、この「泣き虫弱虫諸葛孔明」が出版されて、手に取りたいと熱望するも、外国歴史モノに弱い私、未履修問題やら人間関係や名前を覚えるのが苦手という問題やらで、臍をかんでいたのだ。そして、いよいよ今年、この弐部が出版され、コアなファンの中で大絶賛されていることを知り、私は腹をくくった。ともかく、三国志を読もう。三国時代のイロハくらいは知らなくちゃ、この本を楽しめなーい。

かくして、私は泣きながら(しつこい)三国志を読み、この「泣き虫弱虫諸葛孔明」を紐解くことになった。目出度い。

表紙を開き、はしがきから腫れあがるほどに膝を打つ。1ページごとにゲラゲラ大笑い。ああ、読み終えるのが勿体ない。舐めるように読む読む。日本人が三国志に持っていたイメージはこの本で完全に覆った。酒見さんブラボー、である。

ちなみに、事前知識として三国志を読んでおけばこの本の楽しさは確かに倍増するけれど、三国志を読まなくともこの面白さは充分に堪能できる(と、三国志を読まなかった知人も申しておりました)。三国志では聖人君子とされた魏の劉備、知的でクールな諸葛孔明がどのように描かれているか(題名見たらまあわからないでもないけれど)、興味のある方は手にとってぜひお楽しみください。決して損はさせません(誰の回しモンや)。

この本を読んだ私は、もう一度三国志全8巻を読み返し、さらに再度この本を読み直したいという野望に取り憑かれている。積読本が多すぎて今はちと無理なんだけど。

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2007年5月22日 (火)

気になる部分

食材の調達に生協の宅配を利用している。インターネットで注文できるようになってからは、ネット通販で買い物をしている気分で、週1回の配達が楽しみだ。

と言っておきながら今日は注文品が届いた時に、読んでいた本が面白くてついつい居留守を使ってしまった。でも、留守の時には玄関先に置いていってくれるから大丈夫なのだ。

キリが良いところまで読んで食品を引き取るべくドアを開けようとすると

…開きません。ドアの隙間から観察すると、発泡スチロールに入った食材がドアの前に何箱も積み重ねて置かれている様子(がーん)。荷物の中には割れ物や卵もあるので手荒なこともできません。

今流行りの篭城か。読んでいた本の表紙を見ると、こともあろうか「ラプンツェル」と思しき少女の姿が(ネタじゃありません)。ということはオットが帰るまでこの篭城は続くのか。ショックに、しばらくの間何もなかったことにして本を読み続ける(バカ)。そのまま忘れて仕事をする(バカバカ)。そしてお勝手口から出入りすればよかったのだ、と気づいた時にはアイスが溶けかかっておりました(バカバカバカ)。これから居留守は使いません、くすん。

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読んでいたのは「気になる部分(岸本佐知子)」。

奇妙だとか、衝撃のエッセイ集だとか言われている本ですが、幼少時代の話だとか変なこだわりだとかに共通項を見出してしまうのは、作者が私と同じ職業だからか、それとも私個人の性質の問題なのか。実はみな同じように自虐的な幼少体験を持ち、妄想をたくましくしていたり、身近に起きる変な出来事をおっかなびっくり楽しんだりしてるんだ…と勝手に安心してみる。

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2007年5月19日 (土)

しゃべれども しゃべれども

「本棚を買って本の収納スペースがようやく増えたものの、今のキミの本の買い方を見るとスペースが埋まるのは時間の問題だ」とオットに指摘されました。それから「読了した本の数に対して購入する本の数の方が格段に多い」とも。ええ、仰るとおりです。反省しています。そう、我が家には積読(つんどく)本がどっさり、そして増量中です。活字スイッチが入り、読書生活に入ってしまうと、1冊読むごとに読みたい本が数冊増えます。ネット書店で「ぼんぼん」本が買えます。かくして積読本は増える一方です。積読本が何冊あるのか、ああ想像するのも恐ろしい。

で、映画化する前に読んでおかなければと、積読本の山の中から手に取ったのが「しゃべれども しゃべれども(佐藤多佳子)」。映画化するとテレビなどで映像や写真を目にすることが多くなること必至、本を読む前に刷り込みされるのはできれば避けたい。重厚な三国志の後には、軽く爽やかな和モノでということで選んだ一冊です。

070519 …予想以上に面白かった。長いこと積読本にしてしまって本に申し訳なかった。軽く爽やかだけど軽薄でない、むしろ筆力があり、構成もいい。ぐいぐい読ませます。倒錯した登場人物がいるわけでも、歪んだ世界があるわけでもない。ごく身近な世界に住む登場人物は自信が少しなかったり、コミュニケーションに問題を感じたりしている普通の人々。そして愛すべき単純短気な落語家のもとに集まってくる。語り口はまさに落語のそれ。切れがよく、軽快。長い落語を楽しんでいるような作品でした。

実は私、落語がとても好きなんですが、「まんじゅうこわい」の内容が上方と江戸とで若干違うというのは知りませんでした。今晩は枝雀のDVDで「まんじゅうこわい」を堪能しようと思っています。作品にも枝雀の「まんじゅうこわい」の話題が出てきます。

ちなみに、佐藤多佳子さんはランニング本「一瞬の風になれ」でランナーにお馴染みの作家です。告白しますと…「一瞬の風になれ」も積読本の山の中に潜んでおります。面白いという評判ですし、早く手がけなければ。私の今の状態は「しゃべれども しゃべれども」ではなく「読めども 読めども」であります。

*画像がいささかとぼけてしまいました。Amazonの画像を引っ張ってこようと思ったら、新潮文庫の帯に書かれた「読後いい人になってる率100%」というコピーがどうにも気に入らないので、違う画像に変えたのです。読後いい人になりたいですか? いい人なんかにゃなりたかないと臍を曲げるのは私だけ?

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2007年5月18日 (金)

わたしを離さないで

職業柄、ホンヤクモノの書籍は読めません。楽しめないのです。原文と照らし合わせて読んでいるわけではないのに、「ははあ、あの単語をこう誤訳したのね(がっくし)」と要らんことで思考がストップします。これは決して自慢している訳ではなく、職業柄、仕方のないことなのです。日々、自分の訳の見直しをする際には、原文と照らし合わせるチェックだけでなく、訳文の文章の筋道から誤訳を見つけるチェックを行います。自分の書いた文章でこうした誤訳チェックを行うわけですから、人様の書いた文章の誤訳を見つけるのはそう難しくありません。そういう訳で、ホンヤクモノを紐解いても純粋に読書を楽しめないことが多いのです。

でも、海外の素晴らしい本を読みたい。知らない世界を堪能したい。えっ、それなら原書で読めばいいじゃないかって? はあ、仰るとおりです。時には原書も読みます。ですが原書で本を読むと、つい仕事モードに入ってしまうのです。つまり頭の中で訳文を考えてしまって、これまた楽しめない。それにホンヤクモノは勿論、英語で書かれたものだけじゃないですしね。そういう訳で海外本からは足が遠のいていましたが、このたび素晴らしいホンヤクモノに巡り会ってしまいました(三国志もホンヤクモノじゃないか、という突っ込みはこの際おいといて)。

070518 「わたしを離さないで(カズオ・イシグロ)」。カズオ・イシグロは幼少時にイギリスに移住した日本人。ですがこの本は英語で書かれており、れっきとした(?)ホンヤクモノです。思考が止まったのは一回だけ。ただしそれは誤訳ではありませんでした。他愛のない話から始まり、じわじわと、薄皮を剥ぐようにその世界が明らかになる。そして仰天、驚愕。こんなにも小説の世界に引き込まれたのは久しぶりでした。

この本に限って言えば、事前に内容に関する予備知識がないほど楽しめます。ですから、私も内容については一切お話いたしません。この本を読もうと思った方、決してアマゾン等の書評をご覧にならないでください

そして、こんなに素晴らしい訳書に出会ったのも久しぶりです。「カズオ・イシグロ」という作家の作品というだけでなく、訳者「土屋政雄」の手がけた作品を手に取りたいと感じました。同業者として身の引き締まる思いです。

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2007年5月16日 (水)

三国志

新学期が始まってからは騒動もすっかりおさまったように見える「高校未履修問題」。実は私、高校では世界史の授業を1時間も受けていません。当時の高校生が国公立の大学を受験するには「共通一次試験」で5教科7科目の試験を受ける必要があり、私の通っていた高校では受験に必要な科目を効率よく勉強させる目的で、「不必要な」科目を履修しなくてもいいという選択肢があったのです。

世の中の騒動は収まり、私の単位不足問題については時効かもしれませんが、私個人としては、卒業以降「世界史の教養がない」というコンプレックスを持つことになりました。私の未履修問題、全然解決していません。授業を受けたからと言って教養が身につくわけではないんですけれどね。

そのコンプレックスの穴埋めにいつか読んでみたいと思っていた「三国志(全8巻)」(吉川英治)をこの長~い休暇に充てることにしました。そして昨日ようやく読了。や、やっぱり全8巻は長かった…。1冊あたり400~500ページあるし、登場人物は半端なく多い。で、挫折防止として読みながら人物相関図を書くことにしました。いやあ、膨大膨大。A4用紙4枚におよぶこの人物相関図のお陰でどうにかこうにか読了できました。

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個性の強い登場人物はいずれも魅力にあふれていました。長かったけど、楽しかった。歴史モノ(それも戦モノ)は苦手意識が強く、これまで手に取ることもほとんどなかったのですが、「三国志」はまたいつか読み返してみたい1冊(8冊だよ)となりました。

この「三国志」を読んだら次にコレ!と決めている同系統の本が積んであるのですが、少々ガス抜きしたい気分でもあるので、しばらく和モノを楽しみます。

ちなみに「三国志」を読んだからといってコンプレックスが解消されたかというと、そんなことはありません。やっぱり若い時にはちゃんと勉強した方がいいということですね。それから、当県の未履修問題は数年前に発覚したため、昨年度全国的に問題が露呈した時には既に解決済みでした。

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2007年5月 2日 (水)

旅に出たくなった

飛び石平日。思い切ってこの2日間も祝日にしてしまえばいいのに、と思う。気づくともう何年も長い旅に出なくなってしまっていた。明日の予定を気にしない旅に出るのはいつの日になるだろう。

古い蔵書を整理していて、気になる本を開いてみて気づいた。古い本はのきなみフォントが小さい。ページに文字がぎっしり詰まっているのだ。そう言えば近頃出版された「ハンニバル・ライジング」上下2巻もフォントがやけに大きく、活字を小さくすれば1巻でまとまるだろうに、という記事をどこかで読んだ。書籍の活字が大きい方が助かる人がいることは確かだ。だけど、無理やり巻数を増やして価格を吊上げ、いたずらに紙を消費し、収納スペースを埋め尽くすことが良いこととは思えない。今読んでいる本は全8巻なのだけれど、この本もひょっとすると5巻くらいで済みそうな気がするなあ。

  • 070502 070502_1

セイシュン・ライトノベル(と勝手に分類)。某誌の企画モノ「酒飲み書店員大賞」の第1回および第2回受賞作品であります。同じ星4つですが、「ワセダ三畳青春記」は星4.5、「笑う招き猫」は星4かな。「笑う招き猫」は女性漫才師、そして「ワセダ三畳青春記」は大学生男子の話。貧乏な若者の話って何故共感を呼ぶのか、笑えるのか。それはきっと自分が貧乏な若者だったからですね。

辺境ライターとして知られる高野秀行の書く文章は軽快、人間臭く、姿勢はユルく、視点にハズレがありません。「ワセダ三畳青春記」は(私)小説ですが、旅行記もお勧めです。彼の書く旅行記のことを思い起こしていたら、旅に出たくなってきました。

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2007年5月 1日 (火)

本箱

連日お届けしている読書備忘録ですが、週末に更新を予定していた記事はつまらなかった本2冊に関するものでした。ですが、記事を書き終えたものの、アップするのはやめることにしました。白河夜船(吉本ばなな)に関する文章を書いた時にも感じたのですが、ネガティブな文章を公にすることには随分と負のエネルギーを使うような気がするのです。

そういう訳でとりあえず記録だけ。

さて世の中はGWに突入しましたが、私は相変わらず外出もせず自宅でゆったりと過ごしています。昨日は注文していた本箱が到着しました。そもそも我が家の蔵書量は収納スペースを大きく超過していたうえに、実家に置いていた独身時代の蔵書を持ち帰ってきたこともあって、本が溢れかえる始末。ようやく本箱も届いたので、重い腰を上げて蔵書の整理を始めました。

箱から懐かしい本を取り出す作業はさながら古い日記を読むようです。若い頃に読んでいた本は今手に取る本よりも随分と骨のあるものが多く、感心するやら照れくさいやら。ちょっと気取っていたのかもしれないな。そうやって半日かけて収納し、並んだ大量の本は壮観。これから20年くらいは新しく本を買わなくても充分に読書生活を堪能できそうな気配です。当たり前ですよね、20年以上前からの蔵書なわけですから。でもやっぱり買っちゃうんだな。とりあえず収納スペース増えちゃったわけですし(ほくほく)。ちなみに今回の蔵書整理で処分を決めた本はわずか8冊、仕事の関係もあって本をあまり捨てられないのですが、これじゃ収納スペースが足りなくなるのも仕方ないですよね。

酒好き・本好きの私がうっとりしてしまう部屋は本と酒に囲まれた部屋。蔵書部屋は眺めるだけでも幸せです。だけど、同じように本だらけの仕事部屋にうっとりできないのは何故なんだろう。

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2007年4月27日 (金)

白河夜船

日本海に面した町からホタルイカの沖漬けが届きました。う、うれしい。医者から飲酒を止められているわけじゃないので(どういう病人だ)、今夜はこれでしっぽり行っちゃうのだ。

さて、読書備忘録の続き。

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その昔、就職したばかりの私はひどく貧乏で、身銭を切って手に入れた本が面白くないとたいそう腹が立った。だって貧乏だったのだ。吉本ばななが登場し、爆発的に売れたのはその頃だ。ご多分に漏れず、私も単行本を買って読んだ。そして「買って損した」気分になった。貧乏なので支払ったお金が惜しかった。面白くない、というより「損した」という気分が強かった。文庫で買っていたらちょっと印象も違っていたかもしれない。それっきり何年も吉本ばなな(後に『よしもとばなな』に改名)の本を手にすることはなかった(このパターン多いですね)。

面白くないというより損したという気分。これは一体なんだろう。時々吉本ばななのことを思い起こした。でもあまり深く考えなかったのでわからないままだった。そして今回、斎藤美奈子の「文壇アイドル論」を読んで謎がちょっと解けた。でもネタバレはしないので興味があったら本を紐解いてみてください。「文壇アイドル論」は80~90年代に売れた作家とその作品を説いた批評。村上龍と田中康夫についての批評が秀逸です。この斎藤美奈子女史、批評のための批評ではなく、脊髄反射から湧く本能的「好き嫌い」から分析する際の視点がナンシー関のそれに通じるようにも思えます。鼻が利きます。「あほらし屋の鐘が鳴る」のオヤジ論もイイですね。ですが深く掘り下げた「文壇アイドル論」の方が私は好きです。

ちなみに、今回「白河夜船(吉本ばなな)」を手に取ったのは、暁を覚えないこの春の眠気のお陰です。この町では「白河夜船」の状態を「島原さん行く(島原へ行く)」と言うのだそうです。うとうとと夜船に揺られるうちに有明海を越えて島原に着いてしまうわけです。春の吸い込まれるような眠気に誘われて手にした「白河夜船」、さして損した気分にならなかったのは文庫で買ったお陰でしょうか。それとも、私自身が変わったからでしょうか。

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2007年4月26日 (木)

隠遁生活の中身

そういうわけで、隠遁生活を送っています。これまでの生活だって充分に隠遁状態だったのですが、何が違うのかというと…仕事とランニングは完全に休み、外出も少々控えてます。

昨日は休業のお知らせをしていなかったお客さんから「どっさり仕事」のオファーを頂き、かなり食指を動かされたのですがお断りしました。ひとたびお引き受けした途端に以前のようにフル稼働・土日なし・朝から晩まで仕事という生活になること必至。体力は使わなくともストレスの多い仕事であるうえに、仕事量の調整はなかなかに難しいので、心配性の家族の手前、フル稼働はもう少し先となりそうです。

と、いきなり専業主婦になってしまったわけですが、主婦だというのに長時間家事に取り組む能力が欠落しているらしく(汗)、時間がたっぷりあります。では、日がな一日何をやっているかというと、やっぱり読書です。耽溺してます。

隠遁生活で読んだ本(備忘録もかねて)その1

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川上弘美に出会ってしまった。この人の書く文章が、世界が好きだ。好きなんだからしようがない。川上弘美の織り成す不思議な魔術にすっかり取り込まれてしまった。ひとたび本を開くと、私はもう川上弘美のささやく言葉の、匂いの、世界のとりこだ。

思い起こせば大ヒット作「センセイの鞄」を読んだことがあった。事前についうっかり映画を目にしてしまったこともあり(今思えばキャスティングにも問題があったように思う)、川上弘美に持った印象はあまりパッとしなかった。お陰でそれ以来、川上弘美の本を手に取ることはなかった。大損だ。これは矢野顕子のヒット曲「春先小紅」を聞いて興味を失うことにも似る。ああ作品すべて読み尽くしたい、でも一気に読んでしまうのは勿体ない。

読書備忘録は続きます。

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2007年3月22日 (木)

活字スイッチ

春の訪れを感じるとともに、業爆シーズンにようやく目処が立ち、トンネルの出口も見えてきました。出口の光を目にしてからの私はムズムズ。活字スイッチが入ってしまったのです。

思えば2月は東京マラソンの前後で慌しく、マラソン関連本以外にたいした本も読まず、読めず。そして3月は例年の通り業爆シーズンに突入して、ゆっくりと本を読む時間を取れずに過ごしてきました。そして、トンネルの出口を確認した途端、頭の中の活字ストックが切れかかっていることに気づいたのです。ああああ、本を読みたい。時間を忘れて寝食忘れて没頭できるような面白い本を読みたい。のめりこみたいー。

そういう訳で昼食のついでに本屋に寄り、たんまり入手してきました。ほくほく。まずはこの「本を入手する」という行為で、気持ちは一部満足。後は仕事を終わらせて、読むぞ読むぞ。

Img_1262 オットの誕生日当日は久しぶりに日本酒を堪能しました。地元の美味しい日本酒です。久しぶりの日本酒は香りも味も豊かで、料理を選ばず美味しく、ちょっと見直しました。

焼酎は二日酔いしないと言いますが、私の場合は焼酎を飲むと翌日の頭はぐらんぐらん、日本酒の方が断然元気です。どうやら私は焼酎よりも日本酒の方が身体に合うようです。

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2007年1月12日 (金)

図書館往復ラン

予約していた本が届いたというので図書館まで走っていくことにしました。片道2km。いつも走っているランニングコースとは異なり、図書館への道は国道横断、交通量の多い細い道、歩道橋など障害が多くてペースは比較的ゆっくりとなりましたが楽しめます。やっぱり街中のランニングは新鮮です。これから図書館へはできるだけ走っていくことにしよう。図書館のカウンタに座っているお姉さんも最近異動で新しい人に替わったようなので、すっぴん+メガネで走っていっても大丈夫そう(笑)。

Photo_2借りてきた本はこうめさんのブログで紹介されていた「風が強く吹いている」。作者は2006年第135回(平成18年度上半期)に、『まほろ駅前多田便利軒』(文藝春秋)で直木賞を受賞した三浦しをん。

到着したばかりなので私もまだ内容がどんなものかわかりませんが、箱根駅伝の物語だということです。ランニングに関する小説にあまり出会ったことがないのでとても楽しみです。

図書館往復は4kmとちょっと物足りないので一旦自宅に戻ってリュックをおろし、ウインドブレーカを脱ぎ捨ててさらに5km。図書館往復ランではゆっくりきょろきょろしながら走ったので、5km走はペースアップ。冷たい風の中ぜいぜい息を上げて走ったので、走り終えた後にどっと大量の汗をかいて気分爽快です。朝夕は氷点下まで冷え込むこの町ですが、ウインドブレーカを脱いで走れる今日のような日は、春がすぐそこまでやって来ているような錯覚を覚えます。本当に寒くなるのはこれからなのですが。

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2006年12月25日 (月)

母の祈り

昨日は目が覚めると何故かすねに痛みに近い違和感が。朝からロング走に出るつもりでいたのですが、このまま故障したら…と不安になって様子を見ることに。夕方になって違和感も感じられなくなったのでやっぱり走ることにしましたが、痛まなくなったとは言え、不安が解消されたわけではないのでロング