東京マラソン2008完走記
とうとうこの日がやってきた。できればやってきて欲しくなかった。知らない間にとっとと終わって欲しかった。2008年2月17日、東京マラソン。
去年の東京マラソンの後、体調を崩して走れなくなった。数ヵ月を経てようやく走れるようになったと思ったら、故障が続いた。次々詐欺のように、痛めては治り、治っては痛めるを繰返して、ロクに練習できなかった。私の故障は頑固だった。膝の次は股関節、そしてアキレス腱。これでもか、これでもかと試されているような気分だった。走れない焦りから何度か涙をこぼした。10月に東京マラソンの抽選に2年連続で当選した時も、喜びよりも焦りの方が大きかった。今思えば10月に焦るだなんて笑わせてくれる。結局、本番までの最長練習記録は7km、それも1回こっきり。本番の1週間前になって初めてようやく痛みなく走れたのだ。遅すぎるにもほどがある。
そして、その日はやっぱりやってきた。初マラソンを走る妹と都庁で落ち合う。妹は風邪を引いていた。姉妹二人で歩道橋の上からどんよりとスタート地点を眺めた。体調が悪くなったら棄権することを互いに確認した。だけど、ぶっつけ本番で臨むフルマラソンがどんなレースになるのか、想像すらできなかった。
3万人のランナーが走り出した。ほどなくして長く辛いレースが始まった。
股関節には早々に違和感が発生した。その違和感がすぐに痛みに変わることは想像に難くなかった。だけど一緒に走るつらそうな妹の顔を見ると、心配はかけられなかった。ちょっとだけお姉さん風を吹かせて背筋をしゃんとして走る。だけど本当のことを言うと2kmの表示を見た途端、ええええっまだ2km?と不安になった。だけど妹を心配することで逆に私は助けられていた。どうにか10kmを通過した。
10kmを過ぎた頃に妹はトイレに行くという。待たないで欲しいと懇願するので、そこで別れる(ひどい姉だな)。そして一人になった途端に力の入らなくなった脚に、妹と一緒に走るということがどれだけ力になっていたのかを知るのだった。
股関節はギシギシと痛み、脚は上がらなくなった。幾度となく足を止めて入念にストレッチする。そして何回目かのストレッチの後で痛みに耐えられず歩いてしまった。「棄権」の二文字が頭の中をよぎる。ハーフの距離まで到達した時、これまでと同じ距離が残っているのかと思うと途方に暮れた。脳みその中で「ドナドナ」のメロディが流れ続けた(註:子牛が車に乗せられる様子が収容車に乗せられるランナーに似ているので、収容されることを「ドナドナ」というのです)。
何度か走ったり歩いたりを繰返した。気づくと沿道からずっと応援の声を受けていた。 声をからして激を飛ばしてくれるボランティアの方々。仲間たち。縁もゆかりもないランナーに声をかけてくれる沿道の人々。駆け寄って「あなたこれをなめなさい」と飴を手渡してくれた女性。がんばれと声をあげる子供たち。その人たちの前でやっぱり歩けない、あきらめられない。このままだとひょっとするとドナドナかもしれない。でも自分からこのレースに幕を下ろすのはやめよう。いけるところまで、限界まで走ってみよう。そして私は再び腕を振って走り始めた。
走り出した私は、どんなに歩幅が狭くとも、どんなにゆっくりでも、歩くより走る方が楽なことを知った。ひょっとするとそれは錯覚で、歩くことへの罪悪感から開放されただけだったのかもしれない。つらくても走っているという自己満足だったのかもしれない。実際に、前を歩く人を追い越せないほどのゆっくりペースだった。それでも私は走っていた。
気づくと「良い笑顔です!」と沿道から声をかけられた。不思議と私は笑顔だったようだ。ひょっとすると沿道から見た私は滑稽で不気味だったかもしれない。でも私は笑っていた。だけど、顔は笑っていても脚は全然あがっていなかった。腕の力だけで身体を動かしているような気分だった。それでも一歩一歩足を進めると、ゴールは少しずつ、でも確実に近づいた。痛みとは裏腹に、不思議と嬉しさと喜びに私は満ちていた。35kmを過ぎた頃「もうドナドナの心配はないようだ」といささか判断力に欠けた頭でぼんやりと感じた。
そして、ゴール。幸せだった。遅くても、痛くても、あきらめなかった自分が少し誇らしく思えた。長い故障と闘った日のことを思った。あの日々と比べたら、フルマラソンを走れるだなんて夢のようだ。励ましと応援をくれた友の顔、故障と不安を抱きながら同じレースを走った友の顔、抽選に外れて沿道から応援をくれた仲間の顔、妹の泣きそうな顔、大丈夫だよと送り出してくれたオットの顔、沿道の顔、顔、顔。いろんな顔が頭の中をよぎり、視界がぼやけた。いろんな人の支えがあって、ゴールができた。支えられたことが嬉しかった。こうして、つらかった東京マラソンは私の宝物となった。これから先、私は折りに触れ、あきらめなかった自分のことを、いろんな人に支えられたことを励みに思うに違いない。
あの日、真っ青に澄み渡る東京の空の下を走れたことを幸せだとしみじみと思う。この青い空を思い出すたび、また胸に熱いものがこみあげるだろう。
そしてこの東京マラソンが私の再スタートとなった。苦しかった1年間がこの東京マラソンとともに終わり、新しい一歩を踏み出すことになるはずだ。


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